引用論文
Electroacupuncture Attenuates Post-Inflammatory IBS-Associated Visceral and Somatic Hypersensitivity and Correlates With the Regulatory Mechanism of Epac1–Piezo2 Axis
「ポスト炎症性IBSにおける内臓および体性感覚過敏の軽減とEpac1–Piezo2軸調節メカニズムとの関連」
研究背景
過敏性腸症候群(IBS)は全人口の5~22%に影響を及ぼし、腹痛・過敏性・排便習慣異常を呈する機能性胃腸障害である。その中でも、腸炎後に慢性的症状が継続するポスト炎症性IBS(PI-IBS)は、腸管の炎症が肉眼的に回復した後も内臓過敏性(visceral hypersensitivity)と体性感覚過敏(somatic hypersensitivity)が残存し、QOLを著しく低下させる。腸管のエンテロクロマフィン(EC)細胞から放出される5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)が、蠕動亢進や痛覚閾値低下に寄与するほか、機械受容性イオンチャネルPiezo2とcAMP応答性交換タンパクEpac1の共役(Epac1–Piezo2軸)がEC細胞の5-HT放出メカニズムに深く関与することが報告されている。しかし、この軸が電気鍼(EA)によるPI-IBS症状改善にどのように働くかは不明であり、詳細な解析が求められている 。
目的
本研究は、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)誘発PI-IBSモデルマウスを用い、ST36およびST37へのEAが①内臓過敏および体性感覚過敏を緩和し、②Epac1–Piezo2軸および5-HT/5-HT₃受容体発現をどのように調節するかを明らかにすることを目的とした 。
実験デザイン・方法
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モデル樹立:6週齢C57BL/6J雄マウスにTNBSを腸管内投与し、PI-IBSモデルを作成。
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群分け:健常対照、PI-IBSモデル、EA処理(ST36+ST37)、シャムEA。
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EA条件:ST36(三里)・ST37(上巨虚)に2/15 Hz交互大きさ1 mAの電流を30分間通電 。
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評価項目:
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組織学的評価:HE染色による炎症後病変の時系列観察(Day 3/7/28)と病理スコアリング 。
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内臓過敏評価:腹部引き込み反射(AWR)テスト(15–60 mmHg)。
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体性感覚過敏評価:足底刺針閾値(PWT)法。
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分子解析:大腸およびL5–S2 DRGのEpac1/Piezo2 mRNA・蛋白、5-HT/5-HT₃RをqPCR、Western blot、免疫蛍光、ELISAで定量。
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統計処理:一元配置分散分析(ANOVA)・Mann–Whitney検定・GEEを用い、p<0.05を有意とした。
主な結果
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組織回復と炎症後過敏性
Day 3/7の大腸HE染色で粘膜構造破壊、杯細胞減少、細胞浸潤が観察され、Day 28では炎症は軽快するがAWRは依然高値を示した。EA群は組織損傷スコアの有意低下を伴い、炎症回復を促進する傾向を示した 。
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内臓・体性感覚過敏の緩和
PI-IBSモデルはAWRスコア増加・PWT低下を示したが、EA群ではAWRスコアが有意に低下し、PWTが有意に上昇。シャムEA群と比較してもEAの改善効果は優越していた 。
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Epac1/Piezo2抑制
モデル群で増大した大腸Epac1およびPiezo2のmRNA・蛋白発現は、EAによりいずれも有意に減少。免疫蛍光像でも共発現セル数の明確な減少が確認された 。
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5-HT/5-HT₃R調整
PI-IBSモデルで上昇したコロニック5-HT量および5-HT₃R発現は、EA群で健常対照レベルへ近づき、シャムEAを上回る抑制が認められた 。
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DRGでの軸調節
L5–S2 DRGでもモデル群のEpac1/Piezo2蛋白発現が有意に上昇し、EA処理により減少傾向を示した。mRNAは有意差を示さなかったものの、蛋白発現の抑制が顕著であった 。
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機能的ノックダウン実験
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Epac1単独抑制:大腸Epac1抑制でAWRは軽減するが、PWT改善はEAほどではなく、EA効果を消失させなかった。
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Piezo2単独抑制:大腸Piezo2抑制によりPWT改善効果を消失させ、EAの体性感覚過敏緩和を阻害。
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Epac1+Piezo2同時抑制:両者併用ノックダウンはEAのAWR改善を相乗的に強化し、PWT改善効果を消失させた 。
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作用機序の考察
EAは末梢大腸においてEpac1–Piezo2軸を抑制し、機械受容性EC細胞からのCa²⁺依存性5-HT放出を低減。これにより、5-HT₃Rを介した蠕動・分泌亢進および痛覚過敏が抑制される。また、DRGレベルでも同軸の調節を誘導し、脊髄後角への過敏性信号を軽減。Piezo2はEC細胞と一次求心神経終末双方の機械刺激応答に必須であり、その抑制が体性感覚過敏の解除に不可欠である一方、Epac1は粘膜内での5-HT合成・放出制御を介して内臓過敏性に主に寄与することが示唆された 。
臨床的意義と今後の展望
本研究は、2/15 Hz低周波EA(ST36+ST37)がPI-IBSのpost-inflammatory visceralおよびsomatic hypersensitivityを双方改善し、その基礎メカニズムとしてEpac1–Piezo2軸調節と5-HTシグナル抑制が関与することを初めて明示した。今後は、①DRGにおける軸抑制メカニズムの詳細解明、②大腸–DRG間シグナル伝達解明、③EAプロトコル最適化(周波数・強度・頻度)、④多施設二重盲検RCTによる臨床エビデンス確立が求められる 。
使用経穴
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ST36(三里)
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ST37(上巨虚)