引用論文
Lumbar temperature change after acupuncture or moxibustion at Weizhong (BL40) or Chize (LU5) in healthy adults: A randomized controlled trial
「健常成人における委中(BL40)または尺沢(LU5)への鍼治療および灸治療後の腰部温度変化:ランダム化比較試験」
研究背景
腰痛をはじめとする腰部諸症状は現代社会で非常に高頻度にみられ、QOL(生活の質)低下の大きな要因となっています。鍼灸療法は東洋医学の重要な柱として、痛み緩和のみならず局所の微小循環改善を通じた温熱効果も期待されています。しかし、同じ治療法であっても、選択する経穴や鍼か灸かといった刺激様式の違いにより、局所温度変化や血流改善の度合いがどのように異なるかについては十分に検討されていませんでした。本研究は、腰部の代表的経穴である委中(BL40)および尺沢(LU5)を対象に、鍼治療と灸治療それぞれが腰部温度変化に及ぼす影響を比較することで、経穴選択と治療法の特異的効果を明らかにすることを目的としています。
研究目的
本研究の主目的は、健常成人において委中(BL40)への鍼治療(Acu-BL40)が尺沢(LU5)への鍼治療(Acu-LU5)および両経穴への灸治療(Mox-BL40、Mox-LU5)と比較して、腰部表面温度に及ぼす影響が異なるかを検証することです。また、30分間の治療セッションにおける経時的な温度変化と督脈・膀胱経の領域温度変化も副次的に評価しました。
研究デザイン・方法
本研究はランダム化比較試験(RCT)として設計され、140名の健常成人ボランティアを対象に実施されました。被験者は性別・年齢を層別化した上で、以下の4群に1:1:1:1の比率で無作為に割り付けられました。
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Acu-BL40群:委中(BL40)への鍼治療
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Acu-LU5群:尺沢(LU5)への鍼治療
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Mox-BL40群:委中(BL40)への灸治療
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Mox-LU5群:尺沢(LU5)への灸治療
各群ともに治療部位の消毒後、鍼は長さ25 mm、太さ0.25 mmの使い捨てステンレス鍼を用い、深さ約10–15 mmまで刺入した後に手技による補瀉操作を行いました。灸治療は市販の直接灸を用い、1壮当たり約3 分間の停灸を4壮、合計約12 分間施灸しました。各治療は30 分間とし、施術中の刺激強度や被験者の体位は一定に保ちました。治療前、施術中(5分毎)、および施術後直後に、赤外線サーモグラフィー(サーモグラフィモデルX)を用いて腰部表面温度を計測し、平均温度および督脈・膀胱経の走行上の温度を算出しました。
評価項目
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主要評価項目:治療開始前と30分施術後の観察領域(約10 cm×10 cm)の平均表面温度差(ΔT)。
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副次評価項目:
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5分毎の温度推移(0–30 分)
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観察領域内の督脈領域および膀胱経領域の平均温度差
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温度データは正規分布を仮定し、2要因分散分析(治療法×経穴)を行い、主要評価項目において有意水準5%で検討しました。
結果
解析の結果、治療法(鍼 vs. 灸)および経穴(BL40 vs. LU5)の交互作用が主要評価項目において有意であることが示されました(P < 0.001)。特にAcu-BL40群は、Acu-LU5群およびMox-BL40群と比較して30 分後の平均温度上昇がそれぞれ0.29 °C(95 % CI: 0.17–0.41)および0.24 °C(95 % CI: 0.08–0.41)と有意に高く、BL40への鍼治療が他の条件よりも著しい温熱効果を示しました。また、5分毎の時系列解析では、Acu-BL40群は開始10分以降で急速な温度上昇を呈し、20–30分間にかけて安定的に高温が維持されるパターンが観察されました。督脈領域と膀胱経領域の比較では、特に膀胱経領域における温度上昇が顕著であり、これはBL40が膀胱経の募穴ではないものの、走行上での相対的な温熱伝播が強いことを示唆しています。
考察
本研究により、委中(BL40)への鍼治療は尺沢(LU5)への鍼治療および灸治療と比較して、腰部表面温度をより効果的に上昇させることが明らかとなりました。この結果は、BL40が膀胱経の要穴であり、腰部の微小循環改善に有効な主要経穴であることを支持します。また、鍼刺激特有のメカニカル・サーモダイナミクス的作用が、単なる温熱刺激である灸治療を上回る可能性を示唆しています。既存の研究では、灸治療が持続的かつ穏やかな温熱効果をもたらす一方で、鍼治療は機械的刺激による即時的な血流促進作用があるとされており、本研究の結果とも整合的です。さらに、督脈・膀胱経領域での温度変化パターンは、経絡概念に基づく局所的熱伝道が臨床的効果に寄与している可能性を示しており、今後は疾患モデル(腰痛患者)への応用や疼痛評価を併用した臨床試験が望まれます。
結論および臨床的意義
本RCTは、健常成人において委中(BL40)への鍼治療が尺沢(LU5)や灸治療に比べて腰部温度上昇において優位性を示すことを明確にしました。臨床現場では、腰痛や腰部冷え症の管理に際し、BL40を中心とした鍼治療を優先的に組み込むことで、速やかな温熱効果と微小循環改善を期待できます。また、温熱以外の疼痛緩和や機能改善への転嫁効果を評価することで、エビデンスに基づく鍼灸治療プロトコールの確立が進むと考えられます。さらに、灸治療との併用や経穴組み合わせ(例:BL23、GV4など)による相乗効果の検討も今後の課題です。
使用経穴一覧
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BL40(委中)
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LU5(尺沢)