引用論文
Effects of acupuncture at Weizhong (BL40) on brain function with PET/CT
「委中穴(BL40)への鍼刺激がPET/CTによる脳機能に及ぼす影響」
背景
慢性腰痛や運動器疾患の治療において、経穴への鍼刺激は局所の血流改善や筋膜リリースのみならず、中枢神経系にも影響を及ぼすことが知られています。とりわけ、PET/CTなどの機能的画像診断技術を用いることで、刺鍼による脳内グルコース代謝変化や血流分布のリアルタイムな評価が可能となり、従来の主観的評価に依存しない客観的エビデンスの構築が期待されています 。中国伝統医学(TCM)では、膀胱経の合水穴である委中(BL40)が腰背部・下肢の疼痛緩和に古くから用いられており、その中枢調節メカニズムの解明が求められてきました 。
目的
本研究は、Healthyな成人ボランティアに対し、右脚の委中穴(BL40)に電気鍼刺激を行った際の脳機能変化を、PET/CTを用いて刺鍼前後で比較し、経穴–脳機能の関連性および鍼の中枢調節メカニズムを探索的に明らかにすることを目的としました 。
方法
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対象:健康成人16名(男性8名、女性8名、平均年齢27.3歳)を、刺激群(n=8)および非刺激対照群(n=8)に無作為割付。
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刺激条件:刺激群には右脚の委中(BL40)に電気鍼(HANS型電気鍼刺激器)を装着し、鍼柄に同軸ケーブルを接続。通電パラメータは1回あたり「60秒ON/120秒OFF」を4分間×2セットのブロックデザインで実施。刺入深度は25~30 mmとし、得気感(de-qi)を確認後に通電を開始した。
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対照条件:対照群は同時間、同体位で安静に過ごし、経穴刺激は一切行わなかった。
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PET/CT撮像:
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装置:GE製3.0T PET/CT統合型システム
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プロトコル:[^18F]FDG静脈内投与後、30分安静保持。刺鍼前、刺鍼ONブロック(4分×2)中に各30秒間撮像。
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画像解析:SPM(Statistical Parametric Mapping)によるボクセル単位ペアt検定を実施し、p < 0.01(uncorrected)、クラスタサイズk > 30 voxelsを有意閾値とした。
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評価領域:前頭葉、側頭葉、頭頂葉、島皮質、視床、小脳皮質、被殻など広範な脳領域をROIとし、活性化領域・抑制領域を抽出した。 。
結果
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活性化領域
刺鍼ON vs. 刺鍼前比較において、有意にグルコース代謝が増強された領域は以下の通りでした:
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前頭葉:左BA10, BA11, BA44–46;右BA10
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側頭葉:左BA22(Wernicke野近傍)
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頭頂葉:左BA39–40
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視覚連合野:両側BA18–19
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小脳皮質:左外側小脳
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島皮質:左insula
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被殻付近:claustrum(脳梁縁皮質付近) 。
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抑制領域
同比較で代謝が有意に低下した領域は以下でした:
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前頭葉:右BA44, BA6
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頭頂葉:左BA7–8, BA19, BA40;右BA1–3(体性感覚野)
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帯状回:両側BA24(前部帯状回)
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脳幹:左substantia nigra(黒質) 。
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非刺激対照群
対照群では撮像ブロック間で統計学的に有意な変化を認めず、刺激群で観察された中枢応答が鍼刺激特異的であることを裏付けた。
考察
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前頭葉および島皮質の活性化
BA10・11は扁桃体–前頭前野回路と関わり、疼痛認知や情動調節に寄与します。島皮質は侵害受容情報の統合中枢であり、刺鍼によるC線維・Aδ線維刺激がこれら領域を活性化することで、脳内の鎮痛・情動制御ネットワークを賦活していると考えられます 。
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視床–島皮質–被殻を介した情報伝達
視床およびclaustrumは感覚情報のハブであり、刺鍼によって抹消から伝わった刺激が視床を経由して島皮質・前頭前野へ拡散し、Pain Matrix全体の調節を図る可能性が示唆されます。
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帯状回および黒質の抑制
BA24(前部帯状回)は注意・情動制御に関与し、黒質はドパミン作動性ニューロンの集積地です。これらの抑制は注意資源の再配分や鎮痛性ドパミン作動系の調節を示すと考えられ、中枢オピオイド系・ドパミン系による複合的な鎮痛機序を反映している可能性があります 。
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小脳の関与
小脳皮質の活性化は、運動–感覚統合や筋緊張調節の変化を示唆し、刺鍼による筋膜緊張リリース効果が遠隔的にもフィードバックされる可能性を持ちます。
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TCM経絡理論との整合性
TCMでは、BL40は膀胱経の合水穴として「膀胱経の水分を調整し、腰背痛を緩和する」とされます。本研究の脳機能変化は、BL40刺鍼が多層的に中枢神経系を再編成し、「気血の流れ」を科学的に裏付ける一例といえます 。
結論
委中穴(BL40)への電気鍼刺激は、PET/CTで捉えられる広範な脳領域の活性化・抑制を伴い、侵害受容から情動制御まで含む多層的な中枢調節を誘導することが示されました。特に前頭前野・島皮質・視床–島皮質–被殻回路、および帯状回・黒質の抑制が疼痛緩和に重要な役割を果たすと考えられます。PET/CTはTCM経絡理論を客観的に検証し、中枢メカニズムの解明に有用なツールであることが改めて示されました。今後は、腰痛患者への臨床試験や他経穴との比較試験を通じて、鍼治療プロトコルの最適化とエビデンス強化を図る必要があります 。
使用経穴一覧
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BL40(委中, Weizhong)