引用論文
Acupuncture Treatment Modulates the Connectivity of Key Regions of the Descending Pain Modulation and Reward Systems in Patients with Chronic Low Back Pain
「鍼治療が慢性腰痛患者の下行性疼痛制御系および報酬系の主要領域結合性を調節する」
背景
慢性腰痛(cLBP)は生涯有病率70~85%と極めて高く、従来の鎮痛薬や理学療法では効果が不十分な場合が少なくありません。本研究では、中心的な疼痛制御中枢である中脳水道周囲灰白質(periaqueductal gray;PAG)と、痛み緩和や報酬処理に関与する腹側被蓋野(ventral tegmental area;VTA)の機能的結合性(rsFC)が、鍼治療によりどのように変化するかを検討しました。これら二つのシステムの結合性変化は、鍼が疼痛抑制系と報酬系を同時に調節し、主観的な疼痛軽減をもたらすメカニズム解明につながると期待されます 。
目的
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4週間にわたる鍼治療(週2~3回)前後で、cLBP患者のPAGおよびVTAをシードとした安静時fMRIによる機能的結合性がどのように変化するか。
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それら結合性変化が、VASによる疼痛煩わしさ(bothersomeness)スコアの改善と相関するか。
方法
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デザイン:単盲検ランダマイズト比較試験
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対象:18~60歳、痛歴6か月以上、VAS ≥4のcLBP患者79名を登録。50名が最終解析に参加。
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群分け:
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真鍼・増強文脈(augmented context, n≈20)
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真鍼・限定文脈(limited context, n≈20)
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偽鍼・増強文脈(sham, n≈20)
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偽鍼・限定文脈(sham, n≈19)
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刺鍼プロトコル:計6回の手技鍼(約25分/回)を4週間で実施。得気後10分と終了直前に捻転追加刺激。
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使用経穴と使用理由 :
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GV3(腰陽関):下背部の気血循環・代謝促進
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BL23(腎兪):腎気補充による下背部強壮
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BL40(委中):膝窩の痛み緩和および下肢血流改善
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KI3(太谿):腎経補法による腰部機能回復
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阿是穴(1–3点/側):患者自覚疼痛点への局所的鎮痛作用
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偽鍼対照:Streitberger偽鍼器を用い、皮膚非刺入でプラセボ効果を担保。
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fMRI取得:治療前と最終治療後の安静時BOLD fMRIを取得。seed-based解析でPAG/VTAのrsFCを算出。
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臨床評価:VASによる疼痛煩わしさスコアを主要アウトカムとし、群間比較・相関分析を実施。
結果
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臨床効果:全群で煩わしさスコアは有意改善し、真鍼群は偽鍼群よりも大きな減少を示した(p < 0.05)。
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PAG/VTA–扁桃体結合性:真鍼群ではPAGおよびVTAから扁桃体へのrsFCが増大し、その増大幅は煩わしさスコア減少幅と強い正の相関を示した(r ≈ 0.6–0.7, p < 0.01) 。
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予測マーカー:治療前のPAG–扁桃体結合性が、4週後の疼痛改善度を予測する指標となりうる可能性を示唆。
考察
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疼痛制御と報酬系の同時調節:PAGのrsFC増大は内因性オピオイド系を、VTA–mPFC/ACC結合性増大はドパミン系を介した報酬・情動制御を示唆し、両者の協調が鍼の相乗的鎮痛機序を支えると考えられる。
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扁桃体のハブ機能:PAGとVTA両方との結合性が強化される扁桃体が、痛み抑制と報酬回路を橋渡しし、疼痛緩和を実現する中心ノードと推察される。
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期待効果(プラセボ・文脈):増強文脈群 vs 限定文脈群で大きな差は検出せず、言語的説明のみの期待操作は効果向上に限定的である可能性。
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限界:短期介入(4週間)、サンプルサイズ中程度、安静時fMRIのみ。今後は長期・大規模試験、タスクfMRI併用が望まれる。
結論
本研究は、慢性腰痛患者において真鍼による4週間の鍼治療が、PAGおよびVTAを介した下行性疼痛制御系と報酬系の機能的結合性を同時に増強し、その変化が疼痛緩和と強く相関することを示しました。扁桃体を中心としたネットワーク再編成が鍼の中枢鎮痛メカニズムの鍵を握ると考えられ、今後は治療プロトコル最適化や予後予測マーカーとしての応用が期待されます。
使用経穴一覧
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GV3(腰陽関)
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BL23(腎兪)
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BL40(委中)
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KI3(太谿)
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阿是穴(1–3点/側)