引用論文
Acupuncture Treatment for Persistent Hiccups in Patients with Cancer
「がん患者の持続性しゃっくりに対する鍼治療」
1. 研究の背景と目的
しゃっくり(hiccups)は横隔膜や呼吸筋の反復性痙攣であり、48時間以上続く「持続性しゃっくり」は睡眠障害や嚥下障害、QOL(生活の質)の著しい低下を招くことがあります。特にがん治療中の患者では化学療法や麻酔薬の副作用、腫瘍による神経刺激などが原因となりやすく、従来の薬物療法は効果が安定せず、副作用も問題となっていました。一方で東洋医学では古来よりしゃっくりに対して鍼治療が用いられてきましたが、科学的検証は限られていました。本研究は、がん患者16名を対象とした後ろ向き症例連続報告(case series)において、標準的評価指標を用いながら鍼治療の有効性と安全性を検討することを目的としています 。
2. 対象と方法
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対象患者:2002年3月~2008年12月にNIH臨床研究センターへ紹介された持続性しゃっくりのがん患者16名(男性、27~71歳)。全員が48時間以上持続するしゃっくりを主訴に来院し、入院・外来を問わず1~3回の鍼治療を受けた。
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研究デザイン:レトロスペクティブな症例シリーズ。IRB承認のうえ、医療記録に記載された口頭同意をもとに解析。
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評価指標:
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しゃっくり重症度…独自に開発したHiccups Assessment Instrument(HAI)で0(なし)~10(最悪)を評価。
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主観的症状…不快感、苦悩感、疲労度をそれぞれ0~10で評価。治療前後、および1~3日後に再評価し、Wilcoxonの符号付順位検定で解析 。
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3. 鍼治療プロトコール
全例共通の経穴と手技を以下の8穴に設定し、30分間の鍼施術を行った :
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BL 17(膈兪/Geshu):第7胸椎棘突起下縁外方1.5寸、斜刺0.5–0.8寸
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GV 14(大椎/Dazhui):第7頸椎棘突起下、斜刺0.5–1寸
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CV 12(中脘/Zhongwan):臍上4寸、垂直刺0.8–1.5寸
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PC 6(内関/Neiguan):手関節横紋上2寸、垂直刺0.5–1寸
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ST 36(足三里/Zusanli):脛骨外側縁、膝下3寸、垂直刺1–1.5寸
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BL 20(脾兪/Pishu):第11胸椎棘突起下縁外方1.5寸、斜刺0.5–0.8寸
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BL 21(胃兪/Weishu):第12胸椎と第1腰椎棘突起の中点外方1.5寸、斜刺0.5–0.8寸
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LR 14(期門/Qimen):乳頭下方第6肋間、水平刺0.5–1寸 。
施術は側臥位で行い、32ゲージの使い捨て鍼(長さ40 mm)を用いて「得気」(酸重感・圧迫感など)を誘発するまで軽度に捻転操作し、その後放置。電気刺激は行わず、滅菌操作を徹底した。
4. 結果
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しゃっくり重症度:16例中13例(81%)がHAIスコア0の完全寛解。うち8例が1回治療、2例が2回、3例が3回で寛解。残る3例は副作用リスク等で途中中断したが、いずれも初回治療後にスコア減少を示した(例:4→2、7→4) 。
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主観的症状:不快感・苦悩感のVASはp < 0.0001、疲労度はp = 0.0078で有意改善。
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追加効果:嚥下困難、睡眠障害、呼吸障害、構音障害、横隔膜痛、咳嗽、嘔気など多彩な関連症状も、しゃっくり寛解後に軽減または消失を認めた。
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安全性:全例で有害事象なし(NCI-CTCAE v4.0グレード0)。
5. 考察と臨床的意義
本症例連続報告は、持続性しゃっくりが難治性症状としてQOLを著しく損ねるがん患者への鍼治療が、高い有効率と安全性を示した初の多例報告です。選穴には背部兪穴と腹部募穴、手足の募穴を組み合わせ、体表から反射的に横隔神経・迷走神経系を調節したと考えられます。特にBL 17やGV 14は横隔膜支配神経の皮膚支配と近接し、PC 6やST 36は自律神経系調整に用いられる要穴であり、複合的な作用が寄与した可能性があります。
臨床現場では、従来の薬物療法で十分な効果が得られない場合、本プロトコールをベースに一度30分程度の鍼治療を試みる価値が高いといえます。特にがん終末期の患者では低侵襲・低コスト・副作用少なく行えるため、緩和ケアチームへの導入が推奨されます。