引用論文
Effects of Electroacupuncture on Chronic Urinary Retention after Pelvic or Lumbosacral Tumor Resection Surgeries: A Retrospective Cohort Study
「骨盤部または腰仙部腫瘍切除術後の下部運動神経損傷による慢性尿閉に対する電気鍼療法の効果:後ろ向きコホート研究」
研究背景
骨盤部や腰仙部の腫瘍切除術では、下部運動神経(L4–S3)の損傷が副次的に生じることがあり、その結果として膀胱の排尿機能が障害され、慢性尿閉(chronic urinary retention; CUR)を来すことがあります。CURはカテーテル管理を長期間継続する必要があり、尿路感染や腎機能低下、QOLの著しい低下を招く深刻な合併症です。これまで、薬物療法やカテーテル管理が中心でしたが、神経再生や運動機能回復を促す確立された治療法は限られていました。電気鍼(electroacupuncture; EA)は、末梢神経や中枢神経への電気的刺激により機能回復や疼痛緩和効果を示すことが報告されており、尿路機能障害への応用が注目されています。しかし、CURを対象としたEAの臨床的有用性や最適施術期間は十分に検討されていませんでした 。
目的
本研究は、骨盤部または腰仙部腫瘍切除術後の下部運動神経損傷によるCUR患者に対し、EAが膀胱排尿機能を改善する効果および安全性を後ろ向きコホート解析で評価し、最適な施術期間を検討することを目的としました 。
対象と方法
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症例選定:2017年3月1日~2020年6月30日の期間にCURと診断された20名(平均年齢48.1±15.5歳;男性9名, 女性11名)を対象とした。
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EA施術:各患者は週3回、2~12週間のEAを施行。使用機器は5 Hz連続波(5–10 mA)を両側BL32(Ciliao, 次髎)、BL33(Zhongliao, 中髎)、BL35(Huiyang, 会陽)に接続し、10 Hz連続波(1–2 mA)を両側SP6(三陰交)に接続。刺激強度は個々の耐容度に応じて調整した 。
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評価指標:
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残尿量(post-void residual; PVR) の50%以上低下を“レスポンダー”と定義。
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患者自己評価による改善度(Patient Global Impression of Improvement; PGI-I)スコア(1: “大いに改善”~7: “著しく悪化”)を使用。
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施術後24週までのフォローアップ中に再発や尿路感染の発生を記録。
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結果
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レスポンス率:20名中14名(70.0%)がPVRを50%以上改善し、カテーテル抜去後に自排尿が可能となった。うち7名(35.0%)はPVRが90~100%低下し“完全改善”と判定された。PGI-Iスコア1または2を得た患者は13名(65.0%)に上った 。
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反応までの期間:6名(30.0%)がEA施術開始4週間以内にレスポンド、50%以上の患者は8週間以内に反応を示す傾向をKaplan–Meier曲線で確認した 。
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安全性:24週フォローアップ中、 新規の尿路感染、上部尿路水腎症、重篤な合併症は認められなかった。ベースラインで水腎症を有していた1例は12週間EA後に改善した。フォローアップ期間中の再発例も認められなかった 。
考察
本研究により、BL32・BL33・BL35およびSP6へのEAはCUR患者のPVR改善および自己評価スコア改善に有効であり、8週間以上の施術継続が望ましいことが示唆されました。EAが下部運動神経の神経伝導を促進し、骨盤神経叢を介した膀胱収縮機能を回復させる可能性が考えられます。また、BL32・BL33・BL35は仙骨部の第2~4仙骨孔付近に位置し、仙髄神経(S2–S4)への局所刺激を通じて骨盤臓器機能を調節することが東洋医学的にも解釈されます。SP6は脾経・肝経・腎経の交会穴であり、気血の調和や下焦の機能強化に寄与し、膀胱機能を間接的に改善すると考えられます 。
臨床的意義と今後の展望
本解析は後ろ向きコホート研究でサンプルサイズが小規模という限界がありますが、CURに対するEAの有用性と安全性を示した初の臨床報告の一つです。今後は前向きランダム化比較試験により、さらに高いエビデンスを構築し、EAの最適施術プロトコール(刺激周波数・強度・期間)と長期的アウトカムを検討する必要があります。
結論
骨盤部・腰仙部切除術後のCUR患者に対し、BL32(次髎)、BL33(中髎)、BL35(会陽)、SP6(三陰交)へのEAを週3回、8週間以上継続することで、PVRの有意な改善と持続的な排尿機能回復が得られ、安全性も良好であった。
使用経穴
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BL32(次髎)
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BL33(中髎)
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BL35(会陽)
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SP6(三陰交)