引用論文
Effects of electroacupuncture at ST25 and BL25 in a Sennae-induced rat model of diarrhoea-predominant irritable bowel syndrome
「Sennae誘発下痢優勢型過敏性腸症候群モデルラットにおけるST25およびBL25への電気鍼治療の効果」
研究背景と目的
過敏性腸症候群(IBS)のうち、下痢優勢型(IBS-D)は腹痛や頻回の下痢を主症状とし、患者のQOLを著しく低下させる。腸管からのセロトニン(5-HT)過剰放出が蠕動亢進や分泌亢進を引き起こし、IBS-Dの病態に深く関与することが知られる。鍼刺激は経絡を介して自律神経やセロトニン代謝酵素(TPH)の発現を調節し得ることから、本研究ではSennae(センナ葉)でIBS-Dモデルを作成したラットを用い、ST25(天枢)、BL25(大腸兪)に電気鍼(electroacupuncture:EA)を施すことで、①下痢症状、②腸管運動、③腸内クロマフィン細胞数、④TPH発現、⑤糞便・結腸内5-HT含量に及ぼす効果を検証し、その作用機序を探索することを目的とした。
実験デザインと手法
-
モデル樹立:Sprague-Dawleyラット24匹に対しFolium Sennaeを経口投与し、IBS-Dモデルを作成。
-
群分け:
-
健康対照群(n=6)
-
未治療IBS-D群(n=6)
-
ST25単穴EA群(n=6)
-
BL25単穴EA群(n=6)
-
ST25+BL25併用EA群(n=6)
-
-
EA施術条件:一回30分、周波数2/15 Hz交互、電流強度1 mAで針通電。使用した経穴は英略記併記で以下。
-
評価項目:
-
緩便率(排便量/投与量)および小腸通過率(色素追跡法)
-
結腸組織中のクロマフィン(EC)細胞数(免疫組織化学)
-
結腸TPHタンパク質発現(Western blot)
-
糞便および結腸組織中の5-HT含量(ELISA)
-
主な結果
-
下痢症状の改善:未治療IBS-D群では緩便率と小腸通過率が対照群比で有意に増加(p<0.05)。ST25群・BL25群でもそれぞれ有意改善が見られ、特にST25+BL25群で最も顕著な抑制効果を示した。
-
EC細胞数の抑制:未治療IBS-D群においてEC細胞が増加。EA処理群では全群で有意に減少、両穴併用群が最も効果的であった。
-
TPH発現の正常化:IBS-D群で亢進していた結腸TPH発現が、単穴EA群で中等度に、併用EA群で健常群に近いレベルまで低下した。
-
セロトニン(5-HT)濃度の調整:糞便および結腸内5-HT含量はIBS-D群で高値を示したが、EA群で有意に低下。ST25+BL25併用群で最も強い抑制が認められた。
作用機序の考察
-
穴位ごとの機能分化
-
ST25(天枢):腹部正中で結腸運動の調節に深く関与。EA刺激により腸管平滑筋の過剰蠕動を抑制し、小腸通過の正常化に寄与。
-
BL25(大腸兪):腰部に位置し、大腸に直接的な神経支配を有する。EAにより腸管分泌亢進を抑え、クロマフィン細胞の活動抑制を介して5-HTの過剰産生を是正。
-
-
神経内分泌調節
EAは交感神経‐副交感神経バランスを改善し、TPH発現を制御することでセロトニン合成を正常化。これにより、5-HTによる蠕動促進と分泌亢進が抑制され、下痢症状が緩和されたと考えられる。
-
相乗効果
単独穴位刺激でも一定の効果を示したが、腹部(ST25)と腰部(BL25)の経路を組み合わせることで、運動性と分泌性両者の調節が同時に行われ、シナジー効果が得られた。
臨床的インプリケーションと今後の課題
-
臨床応用:IBS-D患者に対し、ST25+BL25へのEAを2~4週間継続するプロトコルは安全かつ有効性が期待できる。
-
最適化の必要性:周波数、強度、施術頻度の最適化検討および長期フォローアップによる再発予防効果の検証が必要。
-
多施設共同RCT:動物実験から得られた基礎知見を踏まえ、人を対象とした二重盲検ランダム化比較試験により、エビデンスレベルを向上させることが喫緊の課題である。
使用経穴
-
ST25(天枢)
-
BL25(大腸兪)