引用論文
Correlated Sensory and Sympathetic Innervation Between the Acupoint BL23 and Kidney in the Rat「ラットにおける腎兪(BL23)と腎の感覚・交感神経支配の相関」
背景
伝統中国医学における背部兪穴(Back-Shu Points)は,対応する内臓臓器の障害改善に広く用いられてきました。しかし,その臓器-皮膚間の「神経学的リンク」は不明瞭であり,臨床的には「腎兪(BL23)が腎機能に働きかける」とされながら,感覚神経および自律神経(交感神経)レベルでの実証はほとんどありませんでした。本研究は,ラットをモデルに,BL23局所組織と腎臓の線維性被膜それぞれにおける感覚繊維(CGRP陽性)および交感繊維(TH陽性)の局在と,その神経軸索の連関(DRG・脊髄・交感神経幹)を可視化することで,背部兪穴と内臓の神経学的相関を明らかにすることを目的としています 。
目的
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BL23および腎臓被膜に分布する感覚神経線維と交感神経線維を,二重蛍光免疫組織化学(CGRP/TH染色)により明示的に観察する。
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BL23と腎臓それぞれから異なる蛍光トレーサー(AF488-CTB, AF594-CTB)を注入し,背根節(DRG),脊髄,交感神経幹で双方をトレースして,神経回路の節レベルの共在・接続様式を解析する。
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これらの知見から,背部兪穴への刺激が感覚および交感神経を介して対象臓器を調節し得る神経学的基盤を提示する。
材料および方法
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動物:8~10週齢の雄性Sprague–Dawleyラット8匹(180–210 g)を使用。飼育条件は12時間明暗周期,室温24±2℃,水・餌は自由摂取。実験は中国医学院動物実験ガイドラインに準拠し倫理委員会承認取得済み。
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トレーサー注入:
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BL23(第二腰椎下縁から左右各1.5 B寸外側)皮下・筋層に,1% AF488-CTB(4 μL)を注入。
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腎被膜(手術で露出)には1% AF594-CTB(2 μL)を注入。
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注入後は漏出防止のため,シリンジを5分保持後ゆっくり抜去 。
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組織切除と固定:注入3日後,生理食塩水および4%パラホルムアルデヒドで経心臓灌流し,BL23局所組織(5×3 mm)および対側腎被膜,脊髄,DRG(T10–L3),交感神経幹を採取し,25%ショ糖溶液中で2日間浸漬後,-20℃で凍結切片作製。
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二重蛍光免疫組織化学:BL23局所と腎被膜切片をCGRP(マウスモノクローナル,1:1,000)およびTH(ウサギポリクローナル,1:1,000)で染色。二次抗体にAlexa Fluor 594および488を使用し,DAPIで核染色後コンフォーカル顕微鏡で撮影。
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蛍光トレーシング観察:DRG,脊髄,交感神経幹切片は追加染色不要で,トレーサー由来のAF488/594蛍光を直接観察し,同一節で共染色(両者ラベル)を示すニューロンを同定。三次元再構築はImaris 7.7.1ソフトで実施 。
結果
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局所神経線維分布
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BL23組織と腎被膜はいずれも,感覚線維マーカーCGRP陽性および交感線維マーカーTH陽性繊維が豊富に分布。特に真皮下から筋層にかけて濃密で,両者は局所で交差・接近して存在していた。
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DRGトレーシング
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BL23由来ニューロンは胸椎11番(T11)~腰椎3番(L3)DRGに,腎臓由来ニューロンはT10~L2 DRGにそれぞれラベル。T12–T13 DRGでは両トレーサー同時ラベルを受けた共在ニューロンが全体の約15%を占め,BL23と腎の感覚神経が節レベルで部分的に共有されることを示唆した。
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交感神経幹トレーシング
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胸腰移行部の交感神経幹(パラヴァーテブラルチェーン)T11–L2 節で,AF488とAF594が節毎に別々の細胞群に取り込まれており,感覚とは異なり末梢での交感神経軸索は同一節で分枝しつつもニューロン個体レベルでは区別されていた。
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三次元再構築
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CGRP/TH染色像とDRGトレーシング像を統合した三次元モデルで,BL23局所から伸びる感覚・交感線維が脊髄節で隣接・接触し,そこから腎方向への軸索延長が確認できた(Imarisによる描画) 。
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考察
本研究は,BL23と腎臓が感覚・交感神経を介して身体内で“神経的にリンク”し得ることを初めて細胞・回路レベルで明示しました。特にT12–T13 DRGにおける両者共在ニューロンの存在は,臨床的にBL23刺鍼が腎機能改善に働く基盤として極めて興味深い事実です。また,局所でのCGRP陽性線維とTH陽性線維の混在は,鍼による機械的刺激が感覚受容器→中枢伝達のみならず,交感神経性内分泌制御にも影響を及ぼしうるメカニズムを支持します。これらは従来から想定されていた「内臓-皮膚反射(viscerocutaneous reflex)」の実証的裏付けとなり,背部兪穴療法の神経生物学的合理性を大きく高めるものです 。
結論
腎兪(BL23)への刺激は,感覚および交感神経を通じて腎臓に神経学的リンクを形成し,臨床的な内臓調節効果を発揮し得ることが示されました。本成果は,背部兪穴とその対応臓器の神経回路マップを提示し,今後の鍼灸療法の標的選択や作用機序解明に大きく寄与する基礎データとなります 。
使用している経穴
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BL23(腎兪)