引用論文
Acupoint specificity on acupuncture regulation of hypothalamic-pituitary-adrenal cortex axis function
「視床下部-下垂体-副腎皮質軸機能調節における経穴特異性」
背景
ストレス応答の中枢調節系である視床下部-下垂体-副腎皮質軸(HPAA)は、視床下部パラベントリキュラ核(PVN)で産生されるCRH(コルチコトロピン放出ホルモン)を契機に、下垂体からのACTH分泌を経て副腎皮質からのコルチコステロイド放出を促します。これにより外的ストレスへの適応とネガティブフィードバック制御が達成される一方で、慢性的なストレス状態ではHPAA制御が破綻し、うつ様行動や自律神経・内分泌異常を招くとされています。鍼治療は末梢の感覚受容器を介して中枢へ信号を伝え、HPAAを含む神経-内分泌系の機能調節効果が臨床的にも示唆されていますが、どの経穴がHPAA機能に特異的に作用するかは未解明でした。本研究は、in vivo電気生理学的手法を用いてPVN内のCRH様ニューロン活性をアセスメントし、刺激経穴の特異性を客観的に同定するとともに、うつ様行動モデルでのHPAA調節効果を評価することで、経穴特異性の基礎的証拠を構築することを目指しました 。
目的
本研究の第一の目的は、33種類の経穴への鍼刺激がPVN内CRH様ニューロン(Stress Reaction Neurons; SRNs)のスパイク発火率に与える影響をin vivoで記録し、±20%以上の変化を示す「特異経穴」を同定することにあります。第二の目的は、特異経穴がストレス誘導ラットモデル(UCMS: Unpredictable Chronic Mild Stress)において、血中コルチコステロン(CORT)レベル、PVN内CRHおよびグルココルチコイド受容体(GR)蛋白発現、そして行動指標(オープンフィールドテスト、スクロース消費量)に及ぼす調節効果を検証することです 。
方法
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電気生理学的同定
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被験動物:150–170 gの雄性Sprague–Dawley系ラット。
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測定手法:ガラス電極を用い、PVN内43ユニットのCRH様ニューロン活動を外部記録。
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刺激経穴:全身に分布する33箇所の経穴(手足の三陰三陽経、督脈・任脈、耳甲部など)を各々刺激。
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評価基準:刺激後の発火率が基底状態比±20%以上変化を示す経穴を「特異経穴」と定義。
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UCMSモデルによる検証
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モデル構築:天候変動や騒音などを無作為に組み合わせたUCMSプロトコルを3週間実施し、うつ様行動を誘導。
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群分け:
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N(正常対照)
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NEA(正常+非特異経穴:SP6/三陰交、KI9/陰谷)
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M(UCMSモデル)
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MNEA(UCMS+非特異経穴)
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MEA(UCMS+特異経穴)
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鍼刺激条件:特異経穴群および非特異経穴群に1日1回、計14日間、各30秒刺入後60秒保持。
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アウトカム測定
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血中CORT測定:ELISA法。
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PVN組織蛋白発現:Western blotにてGRおよびCRH蛋白を定量。
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行動評価:オープンフィールドにおける水平移動距離、垂直運動回数、ラインクロス数、及び24時間スクロース消費量を測定 。
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結果
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特異経穴の同定
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発火率が有意に上昇または抑制された経穴は以下の8穴:Shenshu(BL23/腎兪)、Ganshu(BL18/肝兪)、Qimen(LR14/期門)、Jingmen(GB25/京門)、Riyue(GB24/日月)、Zangmen(LR13/章門)、Dazui(DU14/大椎)、Auricular Concha Region(ACR/耳甲部)。
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胆経・肝経・督脈系の経絡がHPAA調節に特に寄与し、副腎と同一または隣接する脊髄節領域に対応する経穴で効果が顕著であった 。
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UCMSモデルにおける生化学的・行動学的効果
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血中CORT:M群で対照比有意上昇。MEA群ではM群と比較し約30%の有意低下(p < 0.05)、MNEA群は若干の抑制傾向のみ (p > 0.05) 。
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GR/CRH発現:M群でGR低下・CRH上昇を認めたが、MEA群ではGRが正常比に回復(p < 0.05)、CRHが有意抑制(p < 0.01)。NEA群・MNEA群はM群と差を示さず 。
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オープンフィールドテスト:MEA群はM群に対し水平移動距離が約40%回復(p < 0.05)、ラインクロス数・垂直運動は部分的改善、NEA群・MNEA群は改善を示さず。
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スクロース消費量:MEA群でM群比20%程度の有意増加(p < 0.05)、付随的に快楽応答の回復を示唆 。
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考察
本研究は、経穴特異性という観点からHPAA調節メカニズムを解明した初の報告といえます。特異経穴刺激によるPVN内CRH様ニューロン発火率変動は、経穴–神経節–中枢回路の解剖学的・生理学的整合性を示唆します。特にBL23(腎兪)やBL18(肝兪)は副腎および肝臓を支配する脊髄節に隣接し、LR14(期門)などは自律神経節にも近接するため、末梢刺激が速やかに中枢へ伝達されたと考えられます。UCMSモデルにおけるGR回復・CRH抑制効果は、負のフィードバック系の再構築を示し、コルチコステロイド過剰状態からの正常化機能を裏付けます。加えて、行動・生化学的パラメータが非特異経穴群と比べて有意に改善されたことから、単なる皮膚刺激ではない経穴部位依存的な効果が実証されました 。
結論
Shenshu(BL23/腎兪)やGanshu(BL18/肝兪)等の特異経穴は、HPAAの中枢–末梢ネットワークに直接的影響を及ぼし、ストレス負荷状態でのコルチコステロン制御、GR/CRH発現調節、うつ様行動改善をもたらします。本プラットフォームは臨床鍼灸における経穴選択指針の構築や、HPAA関連疾患(うつ病、PTSD、自律神経失調症など)への応用に向けた基盤研究として大きな意義を持ちます 。
使用している経穴
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BL23(腎兪)
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BL18(肝兪)
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LR14(期門)
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GB25(京門)
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GB24(日月)
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LR13(章門)
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DU14(大椎)
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ACR(耳甲部)