論文紹介:Exploratory Study of Biomechanical Properties and Pain Sensitivity at Back-Shu Points「背募穴における生体力学的特性と痛み感受性の探索的研究」
引用論文
論文紹介:Exploratory Study of Biomechanical Properties and Pain Sensitivity at Back-Shu Points「背募穴における生体力学的特性と痛み感受性の探索的研究」
概要
本研究は、健康な成人を対象に、内臓に対応する五つの背募穴(BL13, BL15, BL18, BL20, BL23)における筋肉のトーン(自然振動周波数)と硬度(抵抗力)および深部圧痛に対する痛み感受性を評価し、それらの部位間に有意差が存在するかを検討した探索的研究である。48名のボランティア参加者を対象に、Myoton PRO装置を用いて背募穴上の筋トーンおよび筋硬度を計測し、一定力で5秒間圧迫した後の痛みレベルを11点尺度で評価した。結果として、BL15で最も筋トーンが高く、BL23で最も筋トーンおよび筋硬度が低かったほか、痛み感受性はBL23が最も高かった。また、筋トーンと痛み感受性には有意な負の相関が認められた。これらの結果は、背募穴部位間の解剖学的・生体力学的差異を踏まえた診断的考慮の必要性を示唆している。
研究背景
伝統的に背募穴は内臓疾患の診断および治療に重要視されてきた。背部の脊椎棘突起の下縁から外側1.5寸に位置し、それぞれ肺(BL13)、心(BL15)、肝(BL18)、脾(BL20)、腎(BL23)と対応する。これらの部位は筋膜や末梢神経を介して内臓と神経学的に連関し、病態に応じて皮膚の過敏や筋硬度の変化が生じるとされる。しかし、同一被験者内で背募穴間の生体力学的性状や痛み感受性に差異があるかについては未検討であり、本研究ではHealthy Volunteerを対象にその有無を検証した。
方法
本研究は倫理審査委員会承認(KHSIRB-21-243)のもと、BMI18.5–25 kg/m²の健康ボランティア48名(平均年齢22.5±2.3歳、男女比26:22)を対象とした。参加者は被験12時間前の飲酒・カフェイン・薬物摂取を控え、うつ伏せ位で実施された。背募穴の同定はWHO標準に従い、熟練伝統医が脊椎棘突起下縁を触知し、そこから外側1.5寸にマークを付与した(図1)。筋トーン・硬度測定にはMyoton PRO(Myoton AS, エストニア)を用い、0.4 Nの衝撃刺激(15 ms)で自然振動を誘発し計測した。痛み感受性は力センサ(FSR402)とArduino UNOで圧力をモニタリングしつつ、一定力で5秒間圧迫後に11点数値評価(0:無痛~10:想像し得る最悪の痛み)を口頭で報告させた。左右値は高い左右相関(r=0.60–0.88, p<0.001)を確認後に平均化し、一元配置分散分析(ANOVA)とTukey検定で群間比較を行い、Pearson相関で筋トーンと痛み感受性の関係を検討した。
結果
筋トーンは背募穴間で有意差を示し(F=54.8, p<0.001)、BL23が最も低値(14.9±0.2 Hz)、BL15が最も高値(18.9±0.3 Hz)であった。筋硬度も同様にBL23が最低値(267.9±5.3 N/m)、BL15が最高値(383.2±9.6 N/m)を示した(F=39.36, p<0.001)。一方、痛み感受性はBL23が最も高く(1.6±0.2)、BL18が最も低かった(1.0±0.2, p<0.01)。さらに、筋トーンと痛み感受性には負の相関が認められた(r=–0.172, p<0.01)。
考察
本研究で観察された背募穴間の生体力学的特性差は、部位ごとの筋層構造および筋膜分布の解剖学的差異が影響していると考えられる。特にBL23付近は広背筋・胸腰筋膜の厚みが大きいため、筋トーン・硬度が低く、逆に痛み感受性が高かった可能性がある。臨床では背募穴の圧痛や硬度を基に内臓疾患を診断するが、本研究結果を踏まえないと、例えば腎機能異常の診断でBL23の自然低トーン・高感受性を過剰に解釈して誤診する恐れがある。よって、各背募穴の基礎的生体力学的特性を理解した上で診断・治療に応用する必要がある。
使用経穴
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BL13(肺兪): 第3胸椎下縁
外側1.5寸 -
BL15(心兪): 第5胸椎下縁
外側1.5寸 -
BL18(肝兪): 第9胸椎下縁
外側1.5寸 -
BL20(脾兪): 第11胸椎下縁
外側1.5寸 -
BL23(腎兪): 第2腰椎下縁
外側1.5寸
臨床的意義
背募穴は伝統的に内臓機能の診断・治療に用いられてきたが、同一被験者内で穴位ごとに自然に備わる硬度・トーン・感受性に差があることを本研究が初めて示した。これにより、臨床での触診圧痛評価や生体力学的検査(硬度計測など)を行う際は、各穴位の基準値を設定し、個々の変動を的確に捉えた診断が可能となる。また、今後は疾患患者との比較研究を通じて背募穴のセンシティビティ変化を検証し、診断ツールとしてのエビデンスを強化することが期待される。
結論
五つの背募穴において、生体力学的性状と痛み感受性に有意差が認められた。本研究は健康者における基礎値の把握を目的とし、臨床的内臓診断の精度向上に寄与する知見を提供する。今後は病態のある患者群を対象とした研究により、背募穴センシティビティの診断的有用性をさらに検討する必要がある。