引用論文
Effect of electroacupuncture stimulation of “Ganshu” (BL 18) on locomotor, gastric mucosal and hypothalamic SP immunoactivity and hippocampal 5-HT content in rats with depression and gastric ulcer
「抑うつ併発胃潰瘍ラットにおける「肝兪」(BL 18)への電気鍼刺激が運動行動、胃粘膜および視床下部の物質P免疫活性および海馬5-HT含量に与える影響」
研究背景
抑うつ状態と胃潰瘍の併存は臨床的にしばしば見られ、ストレス誘発性胃潰瘍モデルでは、うつストレスによる自律神経および消化管運動機能の失調が病態を増悪させると考えられています。また、物質P(Substance P;SP)は胃粘膜の保護および炎症反応に関与し、視床下部でもストレス応答に関与していることが知られています。一方、セロトニン(5-HT)は中枢の気分調整や自律神経制御に重要な役割を担い、抑うつやストレス関連疾患で減少が報告されています。本研究では、背部兪穴の一つであるBL 18(肝兪)に電気鍼(EA)刺激を行うことで、抑うつ+胃潰瘍ラットにおける運動行動、胃粘膜および視床下部のSP免疫活性、海馬の5-HT含量がどのように変化するかを検証しています 。
目的
抑うつストレス+化学的胃潰瘍モデルラットに対し、BL 18へのEA刺激が
-
運動行動(オープンフィールド試験の交差・立ち上がり動作数)
-
胃潰瘍指数および胃粘膜・視床下部におけるSP免疫活性
-
海馬組織中の5-HT含量
に及ぼす影響を明らかにし、その作用機序の一端を解明することを目的としました。
方法
-
動物モデル:Sprague–Dawleyラット60匹を、正常群/モデル群/EA-BL 18群/非経穴群(腹部非特異部位)にそれぞれ15匹ずつ無作為割付。
-
抑うつ+胃潰瘍誘発:21日間の慢性予測不可能性軽度ストレス(CUMS)と、10日目に胃前庭部への氷酢酸注入(0.01 mL)を併用。
-
電気鍼刺激:EA-BL 18群には4 Hz/15 Hz, 2 V、20 分/日、14日間(7日連続→1日休→7日連続)をBL 18(第9胸椎棘突起下縁外方1.5寸)に適用。非経穴群は臍から外側約2.5 cmに同条件で刺激 。
-
評価測定:
-
オープンフィールド試験(交差数・立ち上がり数)を施術開始21日・34日目に記録
-
胃潰瘍指数(Guth法)
-
胃粘膜・視床下部のSP免疫染色強度(免疫組織化学)
-
海馬5-HT含量(ELISA) 。
-
主な結果
-
運動行動:モデル群は交差数・立ち上がり数が著明に減少(P < 0.01)。EA-BL 18群は34日目に有意な増加(P < 0.01)、非経穴群に変化なし。
-
胃潰瘍指数・SP免疫活性:モデル群で胃潰瘍指数および胃粘膜・視床下部のSP発現が増大(P < 0.01)。EA-BL 18群はこれらが正常レベルへ顕著に改善(P < 0.01)、非経穴群に有意差なし。
-
海馬5-HT含量:モデル群で減少(P < 0.01)、EA-BL 18群で正常群に近い水準まで回復(P < 0.01)、非経穴群は変化なし 。
考察と臨床的意義
BL 18へのEA刺激は、
-
中枢作用として海馬5-HTを賦活し、気分調整やストレス緩和を介して運動・探索行動を改善
-
末梢作用として胃粘膜および視床下部のSP過剰発現を抑え、炎症・潰瘍進展を抑制
という二重の作用機序が示唆されます。これにより、ストレス性胃潰瘍への介入だけでなく、うつ状態を併発する消化管疾患への鍼灸的介入戦略としてBL 18(肝兪)が有用である可能性が高まりました。本研究はラット実験ですが、ストレス性胃潰瘍や抑うつの合併症例に対して背部兪穴を活用した統合的治療を検討する際の科学的根拠となる可能性があります。
使用経穴
-
BL 18(肝兪/Ganshu):第9胸椎棘突起下縁外方1.5寸。肝経の背兪穴で、ストレス緩和・自律神経調整・消化管機能改善に用いられる。
-
非経穴(対照):臍から外側2.5 cm、経絡外での非特異部位。