引用論文
Transcriptomic Insights into Different Stimulation Intensity of Electroacupuncture in Treating COPD in Rat Models
― ラット慢性閉塞性肺疾患モデルにおける電気鍼刺激強度別トランスクリプトーム解析知見
1. 研究背景と目的
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、喫煙や大気汚染などによる持続的な気道炎症と肺胞破壊を特徴とし、世界的に死亡原因の第3位を占める重篤疾患です。COPD治療には気管支拡張薬やステロイドが用いられますが、副作用や耐性形成、長期管理の困難さが課題となっています。電気鍼(Electroacupuncture;EA)は、気道炎症の抑制や呼吸機能改善を示唆する臨床報告があるものの、刺激強度による効果差やその分子基盤は未解明でした。本研究は、ラットCOPDモデルにおいてEAを1 mAおよび3 mAの2強度で施術し、肺機能・炎症マーカーの改善効果を比較するとともに、トランスクリプトーム解析と重み付け共発現ネットワーク解析(WGCNA)を用いて強度依存的な遺伝子発現変化と主要なハブ遺伝子を同定することを目的としています 。
2. 実験デザインおよび方法
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COPDモデルの誘導
SD雄ラットに対し、煙霧曝露および間欠的気管内LPS投与を2週間続け、気道炎症と肺胞破壊を伴うCOPDモデルを確立。
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EA施術プロトコル
感作後10日目から14日間、毎日20分間EAを実施。刺激強度は①1 mA群、②3 mA群の2条件。
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使用経穴:
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肺兪(Feishu; BL-13)
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足三里(Zusanli; ST-36)
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評価項目
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肺機能試験: 呼気流速・肺コンプライアンス測定
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病理組織学: H&E染色による気道炎症スコア
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炎症および酸化ストレスマーカー: 血清・肺組織中のIL-6, IL-1β, TNF-α, SOD, GSH-Px定量
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トランスクリプトーム解析: 肺組織RNAを次世代シーケンシングし、DEG解析
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WGCNA: 共発現モジュールを抽出し、刺激強度に関連するハブ遺伝子を特定
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RT-qPCRおよびWestern blot: WGCNAで同定された8つの候補遺伝子(Aqp9, Trem1, Mrc1, Gpnmb, Msr1, Slc26a4, Pde3a, Bmp6)についてmRNA・タンパク質レベルを検証 。
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3. 主な結果
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肺機能と病理改善
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両EA群ともに、モデル群で低下した肺コンプライアンスが有意に回復。特に3 mA群で最大の改善率(モデル比+35%)を示した。
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H&E染色では、気道壁肥厚・炎症細胞浸潤がEA群で軽減し、3 mA群が最も顕著であった。
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炎症および酸化ストレスの抑制
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IL-6, IL-1β, TNF-αは1 mA群がモデル比30~40%減少、3 mA群は50~60%減少。
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SOD活性およびGSH-Px活性は、両群で有意に増加し、3 mA群がより高い上昇を示した。
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トランスクリプトーム解析
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共通して変動したDEGは約1,200遺伝子。1 mA特異的は約450、3 mA特異的は約520遺伝子が同定された。
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パスウェイ解析では、共通DEGは「炎症性サイトカインシグナル」「酸化ストレス応答」に富み、1 mA特異的は「マクロファージ貪食能」、3 mA特異的は「平滑筋収縮制御」「細胞外マトリックスリモデリング」に関連していた。
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WGCNAによるハブ遺伝子特定および検証
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5つの有意モジュールを構築し、モジュール–強度関係から8遺伝子をハブとして抽出。
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RT-qPCR/Western blotで、Aqp9, Trem1, Mrc1, Gpnmbは両EA群で有意抑制。一方、Msr1とSlc26a4は1 mA群特異的に、Pde3aとBmp6は3 mA群特異的に発現変化が確認された。
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これらの遺伝子は、マクロファージ機能調整や気道リモデリング、抗酸化機構に関与するとされ、EAの強度依存的効果の分子基盤となることが示唆された。 。
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4. 考察および臨床的示唆
本研究は、EA強度の違いがCOPDモデルにおける治療効果と分子応答に大きく影響することを示しました。1 mAは主に免疫・マクロファージ調整に、3 mAは気道平滑筋やリモデリング制御に強く作用する可能性が示唆され、患者の病期や症状に応じた強度設定が臨床応用の鍵となります。また、Mrc1やGpnmbなどのハブ遺伝子は将来的なバイオマーカーや治療戦略のターゲットになりうるため、さらなる機能解析とヒト臨床への展開が期待されます 。
使用経穴
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肺兪(はいゆ)BL13
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足三里(あしさんり)ST36