引用論文
Wang, F.-X., & Jin, L.-W. (2024). Research on the Mechanism and Application of Acupuncture Therapy for Asthma: A Review. Journal of Asthma and Allergy, 17, 495–516. https://doi.org/10.2147/JAA.S462262
Research on the Mechanism and Application of Acupuncture Therapy for Asthma: A Review ― 喘息に対する鍼治療のメカニズムと応用に関する研究レビュー
喘息は気道過敏性(AHR)を基盤とし、慢性の気道炎症とリモデリングを伴う疾患で、咳嗽、喘鳴、呼吸困難などの症状が反復します。標準的な薬物療法である吸入ステロイドやβ₂刺激薬は即効性がありますが、長期使用では免疫抑制や耐性、さらには全身的副作用のリスクが指摘されています。こうした中、鍼治療は神経-免疫相互作用を介した多面的な作用機序により、喘息管理の補完代替医療として注目を集めています。Wang & Jin(2024)は、臨床試験と動物実験の知見を統合し、鍼治療が喘息に及ぼす作用機序を大きく四つの視点から整理しています 。
1. 中枢神経系への影響
最新のfMRI研究では、肺兪(BL13)、定喘(EX-B1)、中脘(CV12)などの経穴刺鍼が、視床下部・延髄網様体・青斑核など自律神経中枢との機能的結合を強化し、扁桃体や帯状回といった情動調節領域へのシグナル伝達を改善することが示されています。これにより、迷走神経を介した気道平滑筋の緊張緩和や炎症性神経ペプチド(サブスタンスPなど)の放出抑制が起こり、喘鳴や咳の発作頻度が低下すると考えられます 。
2. 免疫応答の再調節
鍼刺激は、Th1/Th2およびTreg/Th17の免疫バランスを是正する作用を持ちます。具体的には、IL-4、IL-5、IL-13といったTh2サイトカイン産生を抑制し、一方でIFN-γやIL-10などの抗炎症サイトカインを誘導します。また、肺群2自然リンパ球(ILC2)の活性化を低減し、抗原提示能を持つ樹状細胞やマクロファージの機能を調整することで、気道粘膜での好酸球浸潤や粘液過多産生を抑制します。臨床試験でも、鍼治療群はプラセボあるいは薬物単独群に比べてIgE値の低下や好酸球数減少が報告されています 。
3. 細胞内機構とエピジェネティック修飾
細胞レベルでは、鍼刺激がオートファジーの誘導を促進し、エンドプラズミックレティキュラムストレス(ERストレス)を軽減することが示されています。これにより、気道上皮細胞の細胞死を抑制し、バリア機能を維持します。さらに、鍼はDNAメチル化やヒストン修飾といったエピジェネティックな変化を誘導し、気道リモデリングを引き起こす増殖性シグナル(TGF-βなど)の発現を抑制します。このような細胞内制御は、長期的な喘息の慢性管理において気道構造の正常化に寄与すると考えられます 。
4. リガンド–受容体および化学シグナル経路
神経伝達物質(サブスタンスP、セロトニン、CGRP)、ホルモン(コルチゾール、β-エンドルフィン)および小分子(NOなど)の放出を鍼治療が調整することで、気道平滑筋の弛緩や血管透過性の制御が行われます。特にBL13やEX-B1への刺激はサブスタンスPの局所増加を誘発し、その後に続くIL-10などの抗炎症性サイトカインの動員を促します。これにより気道の浮腫が軽減し、粘液の過剰分泌が抑えられます 。
使用経穴
以下の経穴は、本レビューで頻用され、臨床的にも有効性が確認されているものです。患者の体質や症状に合わせて組み合わせて使用します。
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肺兪(はいゆ)BL13:第3胸椎棘突起下外方1.5寸。気道の宣發粛降を調整。
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定喘(ていぜん)EX-B1:第7頸椎棘突起下外方0.5寸。急性発作時の止喘穴。
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中脘(ちゅうかん)CV12:胸骨体部中央。消化管とも関連し、全身の気機調和。
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心兪(しんゆ)BL15:第5胸椎棘突起下外方1.5寸。情動調節を助け、自律神経バランスを整える。
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尺沢(しゃくたく)LU5:肘窩横紋上内側。痰湿の除去と肺気の調整。
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中府(ちゅうふ)LU1:第1肋間鎖骨下窩外。気道の開放と気機循行を改善。
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大椎(だいつい)GV14:第7頸椎棘突起下。全身免疫賦活と自律神経調整の要穴。
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膻中(だんちゅう)CV17:胸骨上窩中央。胸部の気の集結を助け、呼吸困難感を緩和。
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足三里(あしさんり)ST36:脛外側の高点。全身の気血を補い、体力と免疫力を強化。
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豊隆(ほうりゅう)ST40:脛骨前縁外側の痰湿除去穴。気道の痰多を軽減。
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合谷(ごうこく)LI4:手背、第1・第2中手骨間。全身の気血循環と鎮痛に用いる。
本総説は、鍼治療が喘息に対して中枢神経系から細胞内機構、免疫応答、化学シグナルまで多層的に作用し、急性発作の緩和から慢性リモデリング抑制まで幅広い効果を示すことを明らかにしました。