烏口腕筋の解剖学的特徴、触診法、および機能
I. 烏口腕筋の概説
1.1. 位置と一般的特徴
烏口腕筋(うこうわんきん、英: Coracobrachialis muscle)は、上腕の前面区画(屈筋区画)に位置する、比較的細長く小さい筋である 。具体的には、上腕二頭筋短頭および上腕筋の内側に位置している 。肩甲骨の烏口突起に起始を持つ3つの筋、すなわち烏口腕筋、上腕二頭筋短頭、小胸筋の中で、烏口腕筋は最も小さい筋である 。
この筋は小さいながらも、肩関節複合体の機能において重要な役割を担っている。その解剖学的な位置、特に後述する筋皮神経との密接な関係は、臨床的な観点から注目すべき点である。烏口腕筋は小さいがゆえに他の大きな筋の陰に隠れがちであるが、筋皮神経がこの筋を貫通するという特徴的な構造は、その重要性を際立たせている 。
1.2. 名称の由来と意義
烏口腕筋の名称は、その起始部である肩甲骨の烏口突起 (coracoid process of the scapula) と、停止部である上腕骨 (humerus, ラテン語でbrachium) に由来している 。この名称自体が筋の基本的な付着部位を明確に示しており、解剖学的理解の第一歩となる。英語ではCoracobrachialis muscle、日本語では烏口腕筋(うこうわんきん)と呼称される 。
II. 烏口腕筋の詳細な解剖学的特徴
烏口腕筋の解剖学的構造を理解することは、その機能や臨床的意義を把握する上で不可欠である。以下に起始、停止、神経支配、血管供給、および周囲組織との位置関係について詳述する。
2.1. 起始 (Origin)
烏口腕筋は、肩甲骨の烏口突起の先端 (apex of the coracoid process) から起始する 。多くの場合、上腕二頭筋短頭と共通の腱膜様の組織を介して起始する 。烏口突起においては、小胸筋の停止部と上腕二頭筋短頭の起始部の間に位置する 。一部の文献では、烏口突起の深層表面から起始するとも記載されている 。
烏口突起は、烏口腕筋、上腕二頭筋短頭、そして小胸筋という複数の筋が付着する重要なランドマークである。この領域における力学的ストレスや病態を理解する上で、これらの筋群がどのように共同して作用し、また時には拮抗して作用するのかを考慮することは極めて重要である。烏口突起がこれらの筋の共通のアンカーポイントとなっていることは、これらの筋が機能的に連携している可能性、あるいは烏口突起自体への負荷が集中しやすい解剖学的構造であることを示唆している 。
2.2. 停止 (Insertion)
烏口腕筋の筋線維は烏口突起から下外側に向かって走行し、上腕骨体の中央1/3の内側面 (anteromedial surface of the humeral shaft, midshaft of humerus) に停止する 。より具体的には、上腕三頭筋内側頭の起始部と上腕筋の起始部の間に位置する 。この停止部は、上腕骨の小結節稜の遠位にあたる 。停止は、短く平坦な腱を介して行われる 。臨床的に興味深い点として、上腕骨の栄養孔(骨に栄養を供給する血管が通る孔)が、この烏口腕筋の停止領域に位置することが報告されている 。この栄養孔と筋停止部との近接性が具体的にどのような臨床的意味を持つかは現時点では明確ではないが、手術や画像診断の際に留意すべき解剖学的特徴と言えるかもしれない。停止部が上腕骨の中央であるという事実は、てこ作用の観点から、肩関節の屈曲および内転運動におけるこの筋の効率的な力発揮に寄与していると考えられる。
2.3. 神経支配 (Innervation)
2.3.1. 筋皮神経 (Musculocutaneous Nerve) と神経根レベル (Nerve Root Levels: C_5, C_6, C_7)
烏口腕筋は、腕神経叢の外側神経束 (lateral cord of the brachial plexus) の主要な枝の一つである筋皮神経 (musculocutaneous nerve) によって支配される 。この神経支配の神経根レベルは、C_5, C_6, C_7 である 。
2.3.2. 神経の走行と烏口腕筋貫通 (Course of the Nerve and its Passage Through the Coracobrachialis)
筋皮神経の最も特徴的な解剖学的特徴の一つは、烏口腕筋を貫通することである 。神経は、烏口腕筋の起始部である烏口突起から平均で約5.6 cm遠位の点で筋実質内に入り込むと報告されている 。烏口腕筋を貫通した後、筋皮神経は上腕二頭筋と上腕筋の間を下行し、これらの上腕前面の主要な屈筋群にも運動枝を送る 。
この筋皮神経が烏口腕筋を貫通するという解剖学的構造は、臨床的に非常に重要である。なぜなら、この貫通部が神経絞扼性障害の好発部位となる主要な解剖学的素因となるからである。烏口腕筋の過緊張、反復的な使用による肥厚、あるいは後述する解剖学的変異が存在する場合、筋皮神経が圧迫され、絞扼症状を引き起こすリスクが高まる。
さらに、烏口腕筋の機能障害を評価する際には、この神経支配の連続性を考慮することが診断的意義を持つ。筋皮神経は烏口腕筋を支配した後、上腕二頭筋、上腕筋へと続き、最終的には前腕外側皮神経として前腕外側の感覚を支配する。したがって、烏口腕筋のレベルでの神経絞扼は、絞扼部位より遠位の筋(上腕二頭筋、上腕筋)の筋力低下や、前腕外側の感覚障害といった形で症状が現れる可能性がある。これらの関連症状を評価することで、障害のレベルをより正確に特定する手がかりとなる。
2.4. 血管供給 (Vascular Supply)
2.4.1. 主たる動脈 (Primary Arterial Supply: Brachial Artery Branches)
烏口腕筋への主要な血液供給は、上腕動脈の筋枝 (muscular branches of the brachial artery) によって行われる 。
2.4.2. 副次的供給 (Accessory Supply: Anterior Circumflex Humeral and Thoracoacromial Arteries)
主要な供給に加えて、前上腕回旋動脈 (anterior circumflex humeral artery) および胸肩峰動脈 (thoracoacromial artery) からも副次的な血液供給を受けることがあると報告されている 。このように複数の動脈から血液供給を受けることは、筋の代謝要求を安定して満たし、万が一の血管障害時にも血流を維持しやすく、また損傷からの回復を助ける上で有利である可能性がある。
2.5. 周囲組織との位置関係 (Anatomical Relations with Surrounding Structures)
烏口腕筋は上腕近位部の深層に位置し、多くの重要な筋、神経、血管と近接している。これらの位置関係を正確に理解することは、触診、外科的アプローチ、画像診断において極めて重要である。
2.5.1. 筋との関係 (Muscular Relations)
- 前方 (Anterior): 大胸筋 (pectoralis major muscle) の後方に位置する 。
- 後方 (Posterior): 肩甲下筋 (subscapularis muscle)、広背筋 (latissimus dorsi muscle)、大円筋 (teres major muscle) の腱、および上腕三頭筋内側頭 (medial head of triceps brachii muscle) の前方に位置する 。
- 外側 (Lateral): 上腕二頭筋 (biceps brachii muscle) および上腕筋 (brachialis muscle) の内側に位置する 。
- 起始部 (Origin): 烏口突起において、小胸筋 (pectoralis minor muscle) の停止部と上腕二頭筋短頭 (short head of biceps brachii muscle) の起始部の間に位置する 。
- 停止部 (Insertion): 上腕骨中央部において、上腕筋と上腕三頭筋内側頭の付着部の間に位置する 。
2.5.2. 神経・血管との関係 (Neurovascular Relations)
- 筋皮神経 (musculocutaneous nerve) が烏口腕筋を貫通する(前述の2.3.2.参照)。
- 烏口腕筋の上腕骨停止部は、正中神経 (median nerve) によって前方から横切られる 。
- 近位部では、烏口腕筋は腋窩動脈 (axillary artery) に並走する筋皮神経と近接するが、筋皮神経が烏口腕筋の筋実質内に入ると、特定の主要動脈とは直接並走しなくなる 。
2.5.3. その他ランドマークとの関係 (Relations with Other Landmarks, e.g., Axilla)
- 烏口腕筋は上腕骨と共に、腋窩 (axilla) の外側壁の一部を形成する 。
- この位置関係から、腋窩において比較的触診しやすい筋の一つとされている 。
これらの周囲の重要な神経血管構造(特に正中神経、筋皮神経、腋窩動脈)との近接性は、肩関節前方への外科的アプローチの際に、烏口腕筋を解剖学的ランドマークとして利用できる可能性を示唆する一方で、これらの脆弱な構造を誤って損傷するリスクも伴う。したがって、この領域での手技には極めて慎重な解剖学的知識と丁寧な操作が求められる 。
表1: 烏口腕筋の解剖学的概要
特徴 | 詳細 | 出典例 |
---|---|---|
起始 | 肩甲骨の烏口突起の先端 | |
停止 | 上腕骨体の中央1/3の内側面 | |
神経支配 | 筋皮神経 (C_5, C_6, C_7) | |
血管供給 | 主に上腕動脈の筋枝。副次的に前上腕回旋動脈、胸肩峰動脈。 | |
主な作用 | 肩関節の屈曲、内転。上腕骨頭の安定化。 |
表2: 烏口腕筋の周囲組織との位置関係
関係性の種類 | 具体的な組織 | 出典例 |
---|---|---|
前方 | 大胸筋 | |
後方 | 肩甲下筋、広背筋、大円筋の腱、上腕三頭筋内側頭 | |
外側 | 上腕二頭筋、上腕筋 | |
内側 | (腋窩の内容物、腕神経叢、腋窩動脈・静脈、正中神経などが近接) | |
起始部関連 | 小胸筋(停止)、上腕二頭筋短頭(起始) | |
停止部関連 | 上腕筋(起始)、上腕三頭筋内側頭(起始) | |
貫通する神経 | 筋皮神経 | |
前方で横切る神経 | 正中神経(停止部付近) |
III. 烏口腕筋の機能的役割
烏口腕筋は比較的小さな筋であるが、肩関節の運動と安定性において多様な機能的役割を担っている。
3.1. 肩関節における主要な作用
烏口腕筋の肩関節(肩甲上腕関節)における主要な作用は、屈曲と内転である。
- 屈曲 (Flexion): 腕を前方へ挙上する運動に関与する 。
- 内転 (Adduction): 腕を体幹方向へ引き寄せる運動に関与する 。
興味深いことに、烏口腕筋の作用は上肢の肢位によって変化することが指摘されている。例えば、上肢が体側に下垂した状態(下垂位)では主に肩関節の屈曲に働き、肩関節が90°外転した肢位では内転作用がより顕著になるとされている 。これは、筋の作用を単一の動きとして固定的に捉えるのではなく、関節角度や他の筋との力学的関係性の中で動的に変化するものとして理解することの重要性を示している。筋のベクトルが関節の中心に対してどのように変化するかによって、その回転モーメントアームが変わり、結果として発揮される作用も変化するためである。
3.2. 二次的および安定化機能
主要な屈曲・内転作用に加えて、烏口腕筋は肩関節の安定化や他の運動の補助にも関与する。
- 上腕骨頭の安定化 (Humeral Head Stabilization): 特に腕の挙上運動の初期段階や、肩関節が外転・外旋した肢位において、上腕骨頭を肩甲骨の関節窩に引きつけ、安定させる役割を担う 。この安定化作用は、三角筋や上腕三頭筋長頭と共同して発揮されると考えられている 。
- 上腕の内旋補助 (Assistance in Arm Internal Rotation): 上腕の内旋運動を補助する機能も持つと報告されている 。
- 特定肢位における拮抗作用 (Antagonistic Action in Specific Positions): 腕が外転および伸展している際には、肩関節外転の主働筋である三角筋に対して強力な拮抗筋として作用し、過度な外転を制動する役割を果たすことがある 。また、肩関節の伸展運動に対する拮抗筋としても機能する 。
これらの機能の中でも、特に肩関節前方の「深層安定筋」の一つとしての役割は臨床的に重要視されている 。烏口腕筋は、肩関節運動の初期段階や特定の肢位において、上腕骨頭の適切な位置関係を維持し、関節の安定性に寄与する。この機能が低下すると、肩前方の不安定感や、肩峰下インピンジメント症候群などの病態のリスク増大に繋がる可能性が示唆されている。この安定化機能は、単なる主動作筋としての役割以上に、肩関節の円滑で協調的な運動を支える基盤となるため、その評価と機能維持はリハビリテーションにおいても重要となる。
3.3. 生体力学的考察
3.3.1. 日常生活動作における役割 (Role in Activities of Daily Living)
烏口腕筋は、日常生活における様々な上肢動作に関与している。例えば、物を前方に持ち上げる動作、物を身体に引き寄せる動作、あるいは物を押す動作などで活動する。具体的には、買い物袋を体に引き寄せる、ドアを押し開ける、前にある物を取るために手を伸ばす、握手をする、シートベルトを締めるといった動作で貢献している 。
3.3.2. スポーツ動作への関与 (Contribution to Sports Movements)
スポーツ動作においては、特に腕を前方や内側に動かす動作、あるいは肩関節の安定性が求められる場面で烏口腕筋が活動する。例として、腕立て伏せ、体操競技の吊り輪運動、ウェイトトレーニングにおけるベンチプレス、ダンベルフライ、フロントアームレイズ、オーバーヘッドプレス、バーディップスなどが挙げられる 。また、投球動作(野球、アメリカンフットボールなど)、水泳(特に平泳ぎのプル動作)、アーチェリーなど、肩関節の屈曲、内転、内旋、および安定性が複合的に要求される動作においても、他の大きな筋群と協調して働く 。特に投球動作では、加速期における上腕の内旋筋群の一つとして烏口腕筋が挙げられており、爆発的な力を生み出す上で貢献している可能性がある 。これらの複雑なスポーツ動作では、単一の筋力だけでなく、多数の筋の精密な協調とタイミングが極めて重要であり、烏口腕筋もその一翼を担い、運動の精度や肩関節の保護に寄与していると考えられる。
3.3.3. 協働筋と拮抗筋 (Synergistic and Antagonistic Muscles)
烏口腕筋の機能を理解するためには、他の筋との協調・拮抗関係を把握することが重要である。
- 協働筋 (Synergists):
- 肩関節屈曲において:三角筋前部線維 、上腕二頭筋(特に短頭)、大胸筋鎖骨部 などと協調して働く。
- 肩関節内転において:大胸筋、広背筋、大円筋 などと協調して働く。
- 拮抗筋 (Antagonists):
- 肩関節伸展に対して:三角筋後部線維、広背筋、大円筋などが主働筋となり、烏口腕筋は拮抗筋として働く 。
- 肩関節外転に対して:三角筋中部線維、棘上筋などが主働筋となり、烏口腕筋は拮抗筋として働く。
運動ニューロンプールの空間的配置に関する研究では、協働筋を支配する運動ニューロンプール間の距離は、拮抗筋を支配する運動ニューロンプール間の距離よりも短いことが示されており、このような神経系の組織化が協働筋の共収縮や拮抗筋の相反性抑制を効率的にサポートしている可能性が示唆されている 。烏口腕筋もこの洗練された神経筋制御システムの一部として機能し、円滑な肩関節運動に貢献していると考えられる。
IV. 烏口腕筋の触診法
烏口腕筋の触診は、その状態を評価し、治療的介入を行う上で重要な手技である。深部に位置するため、正確な触診には解剖学的知識と適切な手技が求められる。
4.1. 患者体位と最適な上肢位
烏口腕筋の触診を容易にするための基本的な患者体位は仰臥位である 。座位で行うことも可能であるとされる 。上肢の肢位は、触診の成否を左右する重要な要素であり、一般的に以下の肢位が推奨される。
- 肩関節を約90°外転させ、軽度外旋位とする 。
- 肘関節を最大屈曲位にする 、あるいは検者が他動的に肘関節を屈曲させる 。
- 前腕を回外位とする 。
この特定の肢位(肩関節90°外転・軽度外旋、肘関節最大屈曲)が推奨されるのには理論的根拠がある。この肢位をとることで、烏口腕筋自体はある程度弛緩しつつ、その表層に位置する上腕二頭筋(特に短頭)の緊張を最小限に抑えることができる。上腕二頭筋は強力な肘屈筋であり、肘を伸展位に近づけると緊張が高まり、深層にある烏口腕筋の触知を妨げる可能性がある。肘を屈曲させることで上腕二頭筋を弛緩させ、烏口腕筋をより選択的に触知しやすくすることを目的としている 。
4.2. 触診のための解剖学的ランドマーク
正確な触診のためには、以下の解剖学的ランドマークを目安とする。
- 烏口突起 (Coracoid process): 烏口腕筋の起始部であり、触診の出発点となる最も重要なランドマークである 。鎖骨の外側端下方に触知できる。
- 三角筋前部線維の下方 (Inferior to the anterior deltoid fibers): 烏口腕筋は三角筋前部線維の深層、やや下方に位置する 。
- 上腕二頭筋短頭の内側 (Medial to the short head of the biceps brachii): 烏口腕筋は上腕二頭筋短頭のすぐ内側を走行する 。
- 腋窩近位部 (Proximal axillary region): 上腕二頭筋と上腕三頭筋の間、上腕の前内側面、腋窩のすぐ近くで触知を試みる 。
これらのランドマークを頼りに、烏口突起から筋腹を遠位に向かって追っていくことで、烏口腕筋を同定しやすくなる。
4.3. 段階的触診手技と収縮の確認
具体的な触診手技は以下の通りである。
- 患者を前述の至適体位(仰臥位、肩関節90°外転・軽度外旋、肘関節最大屈曲)にする。
- 検者は、触診する側の腕の腋窩近傍に位置する。
- 検者の母指または示指・中指を、上腕の前内側面、腋窩に非常に近い高位、上腕二頭筋と上腕三頭筋の間に置く 。具体的には、三角筋前部線維の下方、上腕二頭筋短頭の内側を目安に触知を開始する 。
- 患者に、肩関節を軽く水平内転させるように(抵抗下で腕を体幹に向かって引き寄せるように)指示する。この際、烏口腕筋が収縮し、緊張するのが感じられる 。
- 鑑別のために、患者に肘関節を自動的に屈曲させるよう指示する。これにより上腕二頭筋が明瞭に収縮するが、烏口腕筋は主要な肘屈筋ではないため、その収縮は上腕二頭筋ほど顕著ではないか、あるいはほとんど感じられないことを確認する 。
上腕二頭筋短頭は烏口腕筋の表層近くに位置し、起始部も烏口突起で近接しているため、これら二つの筋を正確に鑑別することが触診の鍵となる。烏口腕筋の純粋な収縮を捉えるためには、上腕二頭筋の活動をできるだけ抑制するか、あるいは両者の収縮の違いを注意深く区別する手技が不可欠である。肘関節の自動屈曲を行わせた際に上腕二頭筋の強い収縮が確認されるのに対し、肩関節の水平内転で選択的に緊張する索状の筋として烏口腕筋を同定することが、鑑別触診の重要なポイントとなる。
4.4. 触診時の注意点
烏口腕筋の触診を行う際には、以下の点に十分注意する必要がある。
- 烏口腕筋の深部および内側には、腕神経叢の神経束、腋窩動脈・静脈、正中神経といった重要な神経血管構造が近接して走行している。これらの脆弱な組織に対して強い圧迫や過度な刺激を与えないよう、愛護的かつ慎重な触診を心がける必要がある 。
- 患者が痛みや不快感を訴えた場合は、圧迫を弱めるか、触診を中止する。
これらの注意点を守ることで、安全かつ効果的な触診が可能となる。
V. 臨床的意義と関連病態
烏口腕筋は、その解剖学的特徴と機能的役割から、いくつかの臨床的病態に関与することが知られている。
5.1. 筋皮神経絞扼 (Musculocutaneous Nerve Entrapment)
5.1.1. 解剖学的素因 (Anatomical Basis)
筋皮神経絞扼の最も一般的な原因の一つは、神経が烏口腕筋を貫通する部位での圧迫である 。この貫通は正常な解剖学的構造であるが、特定の条件下では絞扼の好発部位となり得る。さらに、後述する烏口腕筋の解剖学的変異(例えば、複数の筋頭が存在し、その間を神経が異常な経路で貫通する場合など)は、神経絞扼のリスクをさらに高める要因となることが報告されている 。
5.1.2. 病因 (Etiology)
筋皮神経絞扼を引き起こす具体的な病因としては、以下のようなものが挙げられる。
- 烏口腕筋の慢性的な過用による肥厚: 反復的な肩関節運動や持続的な筋緊張により、烏口腕筋が肥厚し、貫通する筋皮神経を圧迫することがある 。
- 特定の動作やスポーツ活動: 重量物の運搬、投球動作(野球、ソフトボール)、テニスのサーブ、ウェイトトレーニング(特にベンチプレス)、手を高く挙上して行う長時間の作業などが、烏口腕筋への負荷を高め、絞扼を誘発する可能性がある 。
- 筋の硬化や石灰化: まれに、筋の慢性的な炎症や変性により硬化や石灰化が生じ、神経を圧迫することもある 。
5.1.3. 臨床症状 (Clinical Presentation)
筋皮神経が烏口腕筋を貫通する部位で絞扼された場合の典型的な臨床症状は以下の通りである。
- 上腕二頭筋および上腕筋の筋力低下と萎縮: 絞扼部位は通常、烏口腕筋自体への運動枝が分岐した後のため、烏口腕筋の機能は温存されることが多い。しかし、その遠位で筋皮神経が支配する上腕二頭筋と上腕筋の筋力低下(特に肘関節屈曲力低下)や、進行すると筋萎縮が見られることがある 。
- 前腕外側(橈骨側)の感覚障害: 筋皮神経の終枝である外側前腕皮神経の支配領域に一致して、しびれ感、知覚鈍麻、ピリピリ感などの感覚異常が出現する 。
- 肘関節屈曲力および前腕回外力の低下: 上腕二頭筋の機能低下により、これらの運動の遂行が困難になる 。
- 症状誘発テスト: 特定の肢位や動作で症状が増悪することがある。例えば、手背を同側の背部につけるような内旋・内転動作(結帯動作様肢位)や、肩関節を外転・伸展・外旋(または内旋)させることで烏口腕筋および筋皮神経が伸張され、症状が誘発または増悪することが報告されている。また、烏口腕筋の筋皮神経貫通部に相当する部位(腋窩前方、烏口突起のやや遠位)を圧迫することで、放散痛やしびれが再現される場合がある(Tinel様サイン)。
筋皮神経絞扼の症状が、絞扼部位である烏口腕筋自体への神経支配は保たれ、その遠位(上腕二頭筋、上腕筋、前腕外側皮神経)に主に出現するという特徴は、診断において非常に重要なポイントとなる。これは、神経の解剖学的な分岐順序と絞扼部位の関係を反映しており、他の神経障害(例:頚椎症性神経根症、腕神経叢障害など)との鑑別に役立つ。
5.2. 過用性症候群と筋筋膜性疼痛 (Overuse Syndromes and Myofascial Issues)
5.2.1. 腱障害、筋硬化・石灰化、トリガーポイント (Tendinopathy, Muscle Hardening/Calcification, Trigger Points)
烏口腕筋は、反復的な肩関節運動や持続的な負荷により、過用性の障害を生じやすい筋の一つである。これにより、筋実質や腱組織に炎症や微細損傷が起こり、いわゆる腱障害(tendinopathy)や筋・筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome)を呈することがある。長期間にわたる過用は、筋の硬化や、まれに石灰沈着を引き起こす可能性も指摘されている 。また、筋内に索状硬結や圧痛の著明なトリガーポイントが形成されることもあり、これが関連痛の原因となることがある 。
5.2.2. 症状 (Symptoms)
烏口腕筋の過用性障害や筋筋膜性疼痛では、主に肩関節前面から上腕内側にかけての痛みが出現する。この痛みは、安静時にも持続する場合や、特定の動作(腕を前方に挙げる、内側に引き寄せるなど)で増悪する場合がある。時には、痛みが上腕遠位部や前腕、さらには手の甲まで放散するように感じられることもある 。触診では、烏口突起の先端部や烏口腕筋の筋腹に著明な圧痛を認めることが多い 。
5.2.3. 烏口突起症候群 (Coracoid Syndrome / Coracoidalgia)
「烏口突起症候群」または「烏口突起痛(coracoidalgia)」と呼ばれる病態は、烏口突起先端の限局した圧痛を主症状とする症候群である 。この痛みは、烏口腕筋、上腕二頭筋短頭、あるいは小胸筋といった烏口突起に付着する組織の炎症や過緊張が原因と考えられている。診断においては、他の一般的な肩関節疾患(例:腱板損傷、肩峰下インピンジメント症候群、小胸筋症候群など)との鑑別が重要となる。保存的治療として、烏口突起周囲へのステロイド注射が有効な場合があると報告されている 。
烏口突起部には烏口腕筋以外にも上腕二頭筋短頭、小胸筋が付着し、さらに烏口肩峰靭帯などの重要な結合組織も近接している。したがって、この部位に痛みが生じた場合、必ずしも烏口腕筋単独の問題とは限らない。これらの複数の組織が相互に影響し合っている可能性を考慮し、それぞれの組織の関与を評価する包括的な鑑別診断が求められる 。
5.3. 筋断裂(稀) (Muscle Rupture (Rare))
烏口腕筋の完全断裂は非常に稀な外傷であるが、文献上、非穿通性の間接的な外力によって発生した症例が報告されている 。報告された症例では、重量物を持ち上げる際に肘関節屈曲位で受傷し、当初は上腕二頭筋長頭腱断裂と誤診された経緯がある。症状としては、肘関節屈曲力の低下、上腕内側(烏口腕筋の走行に一致する部位)の膨隆(いわゆる “Popeye” サインと類似するが、位置が異なる)や変形、疼痛などが挙げられる 。
烏口腕筋断裂は稀な病態であるため、臨床で見逃されたり、より頻度の高い上腕二頭筋腱断裂などと誤診されたりする可能性がある。診断が遅れると、断裂した筋が退縮・短縮し、一次的な縫合修復が困難になる場合もあるため、注意が必要である 。受傷機転(特に肘関節の肢位)や詳細な身体所見(断裂部位の正確な同定、上腕二頭筋腱の連続性の確認など)、必要に応じた画像検査(MRIなど)により、慎重な鑑別診断を行うことが重要となる。
5.4. リハビリテーションにおける重要性
烏口腕筋は、肩関節の運動と安定性において重要な役割を担うため、その機能障害はリハビリテーションの対象となることが多い。
- 肩関節運動の不安定性への関与: 烏口腕筋の機能低下は、特に肩関節屈曲運動の開始時(動き出し)の不安定性や、肩関節前方の不安定感に繋がる可能性がある 。
- 術後・骨折後の機能回復: 上腕骨骨折後や肩関節周囲の手術(例:腱板修復術、関節唇修復術など)後のリハビリテーションにおいて、烏口腕筋を含む肩関節周囲筋の機能回復は、良好な治療成績を得るために重要となる 。
- 二次的な筋機能低下のリスク: 肩峰下インピンジメント症候群などの疼痛性疾患においては、疼痛による反射性の筋活動抑制(paretic inhibition)が生じやすく、烏口腕筋もその影響を受ける可能性がある。これにより、二次的な筋萎縮や筋力低下を招き、さらなる機能障害へと繋がるリスクが考えられる 。
これらの理由から、肩関節疾患のリハビリテーションプログラムにおいては、烏口腕筋の機能(筋力、柔軟性、協調性)を評価し、必要に応じて適切なトレーニング(筋力強化、ストレッチング、協調性訓練など)や徒手的介入(リリース、モビライゼーションなど)を組み込むことが考慮されるべきである。特に、肩関節の深層安定筋として、運動の円滑な開始と制御に寄与する点を重視したアプローチが有効となる場合がある。
表3: 烏口腕筋に関連する肩前方痛の鑑別診断のポイント
病態 | 主要な鑑別症状・所見 | 一般的な病因 | 出典例 |
---|---|---|---|
筋皮神経絞扼(烏口腕筋部) | 前腕外側の感覚障害、上腕二頭筋・上腕筋の筋力低下(烏口腕筋は温存)、烏口腕筋貫通部でのTinel様サイン陽性。 | 烏口腕筋の肥厚・過緊張、解剖学的変異、反復動作。 | |
烏口腕筋過用性症候群(腱障害、トリガーポイント) | 肩前内側~上腕内側の疼痛、烏口腕筋の圧痛、特定の動作(屈曲・内転)での痛み増悪、関連痛。神経症状は通常伴わない。 | 反復的な肩関節運動、持続的な筋緊張、スポーツ活動。 | |
烏口突起症候群 (Coracoidalgia) | 烏口突起先端の限局性圧痛、肩前方痛。他の肩疾患(腱板損傷など)の除外が必要。 | 烏口突起付着組織(烏口腕筋、上腕二頭筋短頭、小胸筋など)の炎症・過緊張。 | |
上腕二頭筋長頭腱炎・腱鞘炎 | 結節間溝部の圧痛、Speed testやYergason test陽性。痛みは肩前面。 | 肩関節の反復運動、投球動作、不安定性。 | – (一般的知識) |
小胸筋症候群 | 腕神経叢や腋窩血管の圧迫症状(腕や手のしびれ・痛み、冷感、脱力感など)。AdsonテストやWrightテストなどで症状誘発。烏口突起内側・下方の圧痛。 | 胸郭出口症候群の一型。なで肩、反復的な腕の挙上動作、外傷。 | |
肩鎖関節障害 | 肩鎖関節部の限局性圧痛、腫脹。腕の挙上や内転(クロスボディ内転)で疼痛増悪。 | 外傷(転倒など)、変形性関節症。 | – (一般的知識) |
頚椎症性神経根症 (C_5, C_6など) | 首の痛み、肩~上肢への放散痛・しびれ。障害神経根レベルに応じた感覚障害・筋力低下・深部腱反射異常。Spurling test陽性。 | 頚椎の変性(椎間板ヘルニア、骨棘形成など)。 | (類似症状の鑑別として言及) |
VI. 烏口腕筋の解剖学的変異
烏口腕筋は、標準的な解剖学の教科書に記載される形態以外にも、様々な解剖学的変異が存在することが多くの研究で報告されている。これらの変異は、筋の形態(筋頭の数や付着部位)および神経支配パターンに関わるものであり、臨床的に重要な意味を持つことがある。
6.1. 形態学的変異 (Morphological Variations)
6.1.1. 筋頭数による分類と出現頻度 (Classification by Number of Heads and Prevalence)
近年の解剖学的研究により、烏口腕筋の形態は従来考えられていたよりも多様であることが明らかになっている。特に、筋が複数の頭(筋束)を持って起始するケースが一般的である。ある研究では、50体の上肢解剖標本を調査した結果、以下のような形態学的タイプとその出現頻度が報告されている 。
- Type I (単一筋腹 – Single belly): 烏口突起先端から単一の筋腹として起始する、古典的な教科書的形態。出現頻度は約22.0%。
- Type II (2頭 – Two-headed): 2つの筋頭を持って起始する形態。これが最も一般的なタイプであり、出現頻度は約63.0%。
- Type III (3頭 – Three-headed): 3つの筋頭を持って起始する形態。出現頻度は約12.0%。
- Type IV (4頭 – Four-headed): 4つの筋頭を持って起始する形態。出現頻度は約3.0%。
これらの分類は、主に近位付着部(起始部)の形態の違いに基づいている 。この研究結果は、烏口腕筋の約78%が複数の筋頭を持つことを示しており、単一筋腹の形態がむしろ少数派であることを示唆している。
上記以外にも、さらに多くの筋頭を持つケース(例えば、6頭を持つケース)や、非常に稀なバリエーションとして烏口腕筋長頭 (coracobrachialis longus) と呼ばれるものが存在することも報告されている 。また、Szewczykらによる烏口腕筋の形態に関する新しい分類法の提案や 、Georgievらによる新規の変異型とその分類の提案もなされており 、この分野の研究は現在も進展している。
これらの形態学的変異の存在、特に複数の筋頭を持つケースが一般的であるという事実は、臨床家にとって非常に重要である。なぜなら、これらの変異は筋皮神経の走行に影響を与え、神経が異常な筋腹の間を通過したり、通常とは異なる角度で貫通したりすることで、神経絞扼のリスクを高める可能性があるからである 。原因不明の腕の痛みやしびれ、筋力低下などの症状を呈する患者を診察する際には、このような解剖学的変異の可能性を常に念頭に置く必要がある。標準的な解剖図譜に描かれる単一筋腹のイメージだけでは、実際の臨床で遭遇する多様な解剖学的状況に対応できない可能性がある。
6.2. 神経支配の変異 (Variations in Innervation)
烏口腕筋は通常、筋皮神経によって支配されるが、その神経支配パターンにも変異が存在する。
- 筋皮神経以外の神経による支配: 稀ではあるが、烏口腕筋が筋皮神経ではなく、正中神経の外側神経根から分岐する枝によって支配されるという変異が報告されている 。
- 筋皮神経自体の変異の影響: 筋皮神経自体にも多くの解剖学的変異が存在することが知られている。例えば、筋皮神経が二重に存在する場合、異常に短い場合、あるいは完全に欠損している場合(その場合は正中神経がその支配領域を代償する)、正中神経との間に交通枝を持つ場合などである 。これらの筋皮神経自体の変異は、結果として烏口腕筋の神経支配パターンにも影響を与える可能性がある。筋皮神経の起始が腕神経叢の外側神経束からではなく、外側神経束と後神経束の両方から起こる場合や、正中神経から分岐する場合なども報告されている 。
このような神経支配の変異は、手術時の神経損傷リスク評価、末梢神経ブロックの効果予測、あるいは神経伝導速度検査や筋電図検査の結果解釈において、重要な考慮事項となる。例えば、典型的な筋皮神経障害の症状パターンとは異なる臨床像を呈する場合、このような神経支配の変異が背景にある可能性を考える必要がある。
6.3. 変異の臨床的意義 (Clinical Implications of Variations)
烏口腕筋の形態学的変異および神経支配の変異は、診断と治療の両面で臨床的に重要な意味を持つ。
- 診断における意義: 原因不明の肩関節周囲や上腕の疼痛、感覚異常、筋力低下などの症状を評価する際に、これらの解剖学的変異の存在を考慮することで、より正確な診断に繋がる可能性がある。特に、筋皮神経絞扼が疑われる場合には、変異の存在が絞扼のリスクを高めている可能性を念頭に置くべきである 。
- 外科的処置における意義: 肩関節前方への外科的アプローチや、腕神経叢ブロックを行う際には、烏口腕筋やその周囲を走行する神経の変異を認識しておくことが、医原性の神経損傷を回避するために不可欠である。また、烏口腕筋が再建手術の際の筋皮弁や筋移植のソースとして利用されることがあるため 、その形態や血管支配の変異を術前に評価することが重要となる場合がある。
- 治療効果への影響: 神経ブロックや物理療法などの治療効果が期待通りに得られない場合に、背景に解剖学的変異が存在する可能性を考慮する必要があるかもしれない。
解剖学的変異に関する知識は、画一的な診断や治療アプローチでは対応が難しい症例において、個別化された医療を提供する上で不可欠である。臨床家は、標準的な解剖学の知識に加え、このような変異の存在とその臨床的意義を理解しておくことが求められる 。
表4: 烏口腕筋の形態学的変異と報告頻度
変異の種類 (タイプ) | 起始部の主要な特徴 | 報告頻度 (約 %) |
---|---|---|
Type I (単一筋腹) | 烏口突起先端から単一の筋腹として起始 | 22.0% |
Type II (2頭) | 2つの筋頭を持って起始 | 63.0% |
Type III (3頭) | 3つの筋頭を持って起始 | 12.0% |
Type IV (4頭) | 4つの筋頭を持って起始 | 3.0% |
その他 | 5頭以上、烏口腕筋長頭など(頻度は非常に稀) | N/A |
この表は、烏口腕筋の形態変異が稀なものではなく、むしろ複数の筋頭を持つタイプが一般的であることを示している。特にType II(2頭)の頻度が最も高いという事実は、臨床家が烏口腕筋を評価する際に念頭に置くべき重要な情報である。
VII. 結論
本報告書では、烏口腕筋の解剖学的特徴、機能的役割、触診法、臨床的意義、および解剖学的変異について、多角的な観点から詳細に検討した。
烏口腕筋は上腕の前面区画に位置する比較的小さな筋であるが、その解剖学的構造は特筆すべき点が多い。特に、肩甲骨の烏口突起に起始し上腕骨内側中央に停止するという基本的な走行に加え、筋皮神経が筋実質を貫通するという特徴的な関係性は、神経絞扼性障害の発生機序を理解する上で極めて重要である。血管供給は主に上腕動脈の筋枝から受けるが、副次的な供給路も存在する。周囲の筋、神経、血管との位置関係も複雑であり、外科的アプローチや触診の際にはこれらの構造への十分な配慮が求められる。
機能的には、肩関節の屈曲および内転を主要な作用としつつ、上腕骨頭の安定化や上腕の内旋補助といった二次的な役割も担う。特に、肩関節運動の初期や特定の肢位における深層安定筋としての機能は、肩関節の円滑な運動と保護に貢献している。日常生活動作から高度なスポーツ動作に至るまで、烏口腕筋は他の筋群と協調して多様な上肢運動に関与している。
烏口腕筋の触診は、適切な患者体位と上肢位、そして正確な解剖学的ランドマークの同定が鍵となる。上腕二頭筋短頭との鑑別には注意深い手技が必要である。
臨床的には、筋皮神経絞扼が最も重要な病態の一つであり、その解剖学的素因、病因、臨床症状を理解することは診断と治療に不可欠である。また、過用による筋・腱障害、トリガーポイント形成、稀ではあるが筋断裂なども報告されており、肩関節前方痛の鑑別診断において考慮すべきである。リハビリテーションにおいては、肩関節の安定性や運動制御に関わる筋として、その機能回復が重視される。
さらに、烏口腕筋には形態学的(筋頭数など)および神経支配における解剖学的変異が少なからず存在し、これらの変異は神経絞扼のリスクや臨床症状の非典型性、外科的処置の際の注意点など、臨床実践に直接的な影響を与える可能性がある。
総括すると、烏口腕筋は小さいながらも、その解剖学的特徴(特に筋皮神経との関係、および変異の存在)と機能的多様性、そして臨床的関連性において非常に重要な筋であると言える。本筋に関する詳細な理解は、肩関節周囲の障害に対する正確な診断、効果的な治療戦略の立案、そして予防的アプローチの構築において、医療専門家にとって不可欠な知識基盤を提供するものである。今後の研究においては、解剖学的変異と臨床症状の関連性をより詳細に解明することや、烏口腕筋の特異的な機能障害に対する最適なリハビリテーション戦略を確立することなどが期待される。
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