引用論文
Changes of brain pain center and default mode network an electro acupuncture in Weizhong and Dachangshu acupoints: a task-fMRI study
「電気鍼による委中穴および大腸兪穴の刺鍼が、fMRI下での課題遂行時における脳の疼痛中枢およびデフォルトモードネットワークに及ぼす変化」
背景
慢性腰痛は、国内外で有病率が極めて高く、日常生活動作や労働機能を著しく制限し、QOL(生活の質)の低下を招く重大な健康問題です。従来の疼痛評価は主観的指標に依存する面が強く、治療効果の客観化には限界がありました。一方、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた研究から、脳内の「疼痛マトリックス」や「デフォルトモードネットワーク(DMN)」の異常が慢性疼痛の維持・増悪に関わることが示唆されています。特に、DMNは内側前頭前野(mPFC)、後帯状回(PCC)、前部帯状回、前楔前部(precuneus)などを中心とした大規模神経ネットワークで、痛みだけでなく感情や自己論理的思考にも関連し、慢性疼痛患者ではその結合性が低下しています。
鍼治療、特に電気鍼(electroacupuncture; EA)は、刺鍼による体表刺激と通電による神経線維(Aδ線維・C線維)への電気的活性化を組み合わせることで、末梢から中枢に至る多層的な鎮痛作用を発揮するとされます。臨床的には腰痛改善の即時効果が知られていますが、その中枢神経メカニズムは未解明の部分が多く、本研究はEAがタスク状態fMRI下において、疼痛中枢およびDMNの機能的結合性をどのように変化させるかを探索的に検討しました。
目的
本研究の主目的は、健康成人ボランティアに対して「委中穴(BL40, Weizhong)」「大腸兪穴(BL25, Dachangshu)」の両穴に電気鍼を施し、タスク状態fMRIでの疼痛中枢領域とDMNの機能的結合性変化を前後比較することで、EAの中枢鎮痛メカニズムを神経画像学的に明らかにすることです。さらに、得られたfMRIデータが臨床的疼痛知覚の指標(VASなど)と相関するかについても検証しました。
研究デザインおよび対象
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デザイン:前後比較のケース・コントロール研究
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対象:2015年1–2月、甘粛省中医院の職員・学生から募集した健康成人ボランティア20例(右利き、20–35歳、男女混合)。
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除外基準:頭部外傷既往、神経精神疾患、金属インプラント、閉所恐怖症、妊娠の可能性などMRI検査禁忌。
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承認:倫理審査委員会承認取得のうえ、全員から書面同意を得た。
刺鍼手技およびfMRIタスク設計
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使用経穴と選穴理由
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BL40(委中, Weizhong):膝窩中央に位置する合水穴、腰腿痛に即効性鎮痛をもたらす臨床経験点。
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BL25(大腸兪, Dachangshu):第4腰椎棘突起下外方1.5寸、背部兪穴にて下腸管と腰部痛制御を司るとされる。
上記二穴を左右対称に同時刺激することで、筋骨格系と腸管系にまたがる統合的な経絡刺激を狙った。
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電気鍼装置
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HANS型電気鍼刺激器(中国製):同軸シールドケーブルで鍼柄と接続。
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通電パラメータ:「ON 60秒/OFF 120秒」のチャンク設計を反復(タスク-インターバル方式)。
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刺入深度:25–30 mm、得気後に留鍼し、タスク期間中継続刺激。
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fMRI取得
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装置:GE 3.0T Signa HDxt、32chヘッドコイル使用。
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走査プロトコル:
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BOLD fMRI:EPIシーケンス、TR = 2,000 ms, TE = 30 ms, 64×64マトリクス, スライス厚 3.5 mm, フィールドオブビュー 240 mm。
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構造画像:3D T1 顕像、MPRAGEシーケンス。
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タスク状態設計:
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5パターン(刺激ON / OFF)のブロックデザイン。
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刺激ON中は両穴に電気鍼通電、OFF中は無刺激。
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合計4分間×2セッション。
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データ解析
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前処理:FSLツールキット(スライス時相補正、モーション補正、正規化、スムージング)。
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モデル化:General Linear Model(GLM)でタスクオンセットをモデル化し、刺激ON > OFFコントラストを設定。
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統計的有意性:ボクセルレベル p < 0.05(FWE補正)、クラスタ閾値 20 ボクセル以上。
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DMN解析:独立成分分析(ICA)で安静時fMRIから得たDMNコンポーネントを抽出し、タスク後との機能的結合変化を比較。
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結果
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疼痛マトリックス領域の活性化
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刺激ON > OFF コントラストで有意活性化が認められた主な脳領域:
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両側視床(Thalamus)
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両側島皮質(Insula, BA13)
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側頭葉外側溝(Superior temporal sulcus)
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前頭前野背外側部(DLPFC)
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上後頭回・縁上回(Precuneus / BA40)
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特に、両側島皮質と視床の強い活性化は、体性感覚-疼痛情報の中継点としてEA刺激が中枢に明確な入力を与えたことを示唆。
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負活性化領域(抑制領域)
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右帯状皮質前部(Anterior cingulate cortex)
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両側海馬傍回(Parahippocampal gyrus)
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両側中前頭回(Mid-frontal gyrus)
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頭頂葉皮質(Parietal cortex)
これらは注意資源の再分配や情動制御領域と重なり、刺鍼に伴う疼痛知覚変調が複数のネットワークで起こったことを示す。
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DMN機能的結合性の変化
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タスク前のDMN結合性低下(cLBP患者に類似したスタイルではないが、タスク中の抑制状態)が、刺鍼後に前部帯状回–後帯状回、前頭前野–海馬傍回間で有意に回復。
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刺激ON中のDMN一時抑制に続き、OFFセッションで結合強度が上昇し、タスクブロック間の可塑的変化を示唆。
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臨床的疼痛指標との相関
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被験者へのタスク後自己評価VASスコア低下幅(平均1.2ポイント減少)と、DMN結合性変化の大きさには強い正の相関(r = 0.68, p < 0.01)が認められ、中枢再編成の度合いが疼痛軽減に寄与する可能性を示した。
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考察
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多層的鎮痛メカニズム
EAは末梢での鍼刺刺激によりAδ/C線維を活性化し、脊髄および視床レベルでの疼痛ゲートコントロールを起動すると同時に、海馬傍回や前部帯状回を介してDMNの結合性を再構築し、情動・自己参照的思考の抑制を通じて主観的疼痛知覚を調整すると考えられる。
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タスクfMRIの有用性
本研究はタスク状態でのfMRIを用いることで、EA中のリアルタイムな脳活動パターンを捉え、ON/OFFによる動的変化の解析を可能にした。これは静息状態解析のみでは得られないEAの即時効果とネットワーク機能変動の双方を評価できる点で新しい試みである。
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臨床応用への示唆
腰痛患者へのEA施術では、疼痛軽減だけでなくDMNなど高次脳機能ネットワークの正常化を狙うことで、慢性疼痛の再発防止や心理的側面の改善にも寄与しうる。将来的にはfMRIを治療効果モニターとして応用し、個別最適化プロトコル策定が期待される。
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限界と今後の課題
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被験者は健康成人であり、慢性腰痛患者での再現性は未検証。
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サンプルサイズは18例(2例は画像不良で除外)、統計的パワーに制限あり。
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刺鍼プロトコル(周波数、パターン、刺激時間)の最適条件は今後の検討課題。
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安静時DMN解析との併用や、炎症マーカー計測など多角的評価指標の導入が望まれる。
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結論
本タスクfMRI研究は、電気鍼によるBL40(委中)・BL25(大腸兪)刺鍼が、疼痛マトリックス領域の活性化とDMN機能的結合性の回復を同時にもたらし、その変化が主観的疼痛軽減と相関することを示した。これにより、EAの鎮痛メカニズムにおける中枢ネットワーク再編成の重要性が浮き彫りとなり、臨床応用やエビデンス構築の新たな指針が得られた。
使用経穴一覧
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BL40(委中, Weizhong)
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BL25(大腸兪, Dachangshu)