引用論文
Therapeutic Efficacy and the Impact of the “Dose” Effect of Acupuncture to Treat Sciatica: A Randomized Controlled Pilot Study
「坐骨神経痛に対する鍼治療の有効性および“投与量”効果の検討:ランダム化対照パイロット試験」
背景
坐骨神経痛は、腰部または臀部の痛みが片側の下肢に放散し、しびれや感覚鈍麻を伴うことが多い神経障害性疼痛であり、成人の10~40%が経験すると報告されています。従来、鎮痛薬・理学療法・神経ブロックなどを第一選択としますが、有効性の不十分や副作用、長期管理の難しさが課題です。また、鎮痛薬は口渇・便秘・眠気などが副作用としてしばしば問題となり、長期使用に制約があります。一方、鍼治療は末梢および中枢神経系に対する刺激により鎮痛をもたらし、安全性が高く継続的な適用が可能な代替・補完療法として注目されています。しかし、既存の臨床試験では、使用する鍼数(=投与量)や経穴の組み合わせ、施術頻度などが統一されておらず、最適プロトコールは未確立のままです。特に、鍼の“投与量”としての経穴数が疼痛改善にどのように影響するかは十分に検証されていませんでした。そこで本研究では、ランダム化対照パイロット試験を通じ、6穴(低投与量)と18穴(高投与量)の手動鍼治療を比較し、坐骨神経痛に対する鍼治療の有効性と投与量効果を検討しました 。
目的
本研究の主目的は、非急性~慢性坐骨神経痛患者に対し、①“低投与量”手動鍼(6穴)群と“高投与量”手動鍼(18穴)群を比較し、疼痛強度・障害度・QOLへの効果を明らかにすること、②疼痛の慢性化(痛み継続期間)が鍼の投与量効果に及ぼす影響を探索的に評価すること、③パイロット試験として今後の大規模RCTに必要なサンプルサイズを見積もる基礎データを得ること、の三点です 。
研究デザイン
本試験は、2017年12月~2019年1月にかけて台湾・台北退役軍人総合病院で実施された、一施設ランダム化、前向き、並行群間比較のパイロット試験です。35~70歳の外来坐骨神経痛患者を対象に、無作為化ブロック法(ブロック長4、層別化)で低投与量群(MAL, n=15)または高投与量群(MAH, n=16)に割り付け、4週間にわたり週2回、計8セッションの手動鍼治療を行いました。主要アウトカムは痛み強度の視覚的アナログスケール(VAS)、副次アウトカムはRoland Disability Questionnaire for Sciatica(RDQS)、Sciatica Bothersomeness Index(SBI)、WHOQOL-BREFによる生活の質評価としました 。
対象・選択基準
【対象】
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片側の腰臀部痛が下肢に放散し、L4~S1神経根領域に一致する疼痛を有する者
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直近2週間以上の持続痛
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直腿挙上テスト陽性またはMRIで単側性腰椎椎間板ヘルニアを確認
【除外】
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重篤な脊髄病変(馬尾症候群、圧迫骨折など)
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妊娠中・授乳中
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施術期間中に手術・神経ブロックが予定または検討中
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出血傾向や免疫疾患など鍼適応禁忌
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VAS<3の軽度疼痛
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前月以内の鍼治療歴 。
介入内容
両群ともに使用した針は直径0.30×長さ40 mmまたは0.35×50 mmの使い捨てステンレス製鍼。刺入深度は経穴に応じ5~30 mm、得気を誘発後20~30分保持しました。
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MAL(低投与量)群:6穴
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BL23(腎兪, Shenshu)
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GB30(環跳, Huantiao)
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BL40(委中, Weizhong)
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GB34(陽陵泉, Yanglingquan)
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BL60(崑崙, Kunlun)
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GB39(懸鐘, Xuanzhong) 。
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MAH(高投与量)群:18穴
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BL23(腎兪), BL25(大腸兪, Dachangshu), BL27(小腸兪, Xiaochangshu)
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GB30(環跳), BL37(陰門, Yinmen), BL54(秩辺, Zhibian), BL36(承扶, Chengfu)
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GB31(風市, Fengshi), BL40(委中), ST36(足三里, Zusanli), GB34(陽陵泉)
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SP9(陰陵泉, Yinlingquan), BL58(飛陽, Feiyang), SP6(三陰交, Sanyinjiao)
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GB39(懸鐘), BL60(崑崙), KI3(太谿, Taixi), BL62(申脈, Shenmai) 。
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経穴選択は、坐骨神経走行に対応するL4–S2の皮節領域と腎・膀胱経絡を中心に、既存の文献および東洋医学理論に基づき決定されました。
評価指標
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VAS(0–10 cm):直近24時間の平均下肢痛を自己評価(主要アウトカム)
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RDQS(0–24点):機能障害度評価(副次アウトカム)
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SBI(0–24点):疼痛の煩わしさ評価
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WHOQOL-BREF(8–80点):生活の質評価(身体・心理・社会・環境の4領域) 。
評価はベースラインと4週目(最終治療セッション後)に実施。
統計解析
Shapiro–Wilk検定で正規性を確認後、群間比較はχ²検定(名義変数)、独立t検定またはMann–Whitney U検定(連続変数)、さらに繰り返し測定ANOVAで時間経過による変化を検証。有意水準はp<0.05を設定しました 。
結果
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被験者フロー:280名スクリーニング→57名登録→31名ランダム化(MAL 15名、MAH 16名)→30名が解析対象に(脱落1名)
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主要アウトカム(VAS):全体で5.48±2.0→(4週後)3.18±2.83に有意改善(p<0.001)。群間差は有意でなかったものの、MAL群・MAH群ともに有効性を示した 。
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RDQS・SBI:それぞれ3.18±2.83(p=0.004)、2.85±3.23(p=0.008)と疼痛関連障害・煩わしさが軽減 。
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WHOQOL-BREF:総合スコアの有意改善は認められなかったが、MAH群では身体領域サブスコアにおいてMAL群を上回る改善傾向(p<0.05)が観察された 。
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痛み慢性化の影響:痛み継続期間12ヶ月以下(非慢性群)と>12ヶ月(慢性群)で解析したところ、MAH群は慢性群において身体領域QOLで非慢性群を上回る有意改善を示し、投与量が痛みの慢性化ステージに応じた効果増強に寄与する可能性を示唆した 。
考察
本パイロット試験では、低投与量・高投与量いずれの手動鍼も非急性~慢性坐骨神経痛の疼痛強度・障害度を有意に改善しました。特に高投与量群は身体QOL改善において慢性痛患者に対し優位性を示し、鍼の投与量(経穴数)が慢性期の疼痛管理における重要な調整因子となりうることを示唆します。機序的には、BL23・BL25・BL27・BL54といった仙骨孔近傍への深部刺激がS2–S3神経根を直接活性化し、末梢から中枢への鎮痛シグナル調節を強化すると考えられます。またGB30・BL40など下肢後面の主要経穴を組み合わせることで、坐骨神経走行への多面的刺激を達成し、痛覚伝達の抑制や血流改善を促すと推測されます。本研究はサンプル数が限られるため大規模RCTによる検証が必要ですが、鍼治療のプロトコール設計において“投与量”概念を取り入れる意義を裏付ける結果と言えます 。
結論
坐骨神経痛患者に対する“低投与量”6穴手動鍼と“高投与量”18穴手動鍼のいずれも疼痛・障害度を有意に改善し、安全性も良好であった。特に痛み慢性化ステージの高い患者には、高投与量パターンが身体QOL向上に有意優位を示し、鍼治療プログラムには投与量の最適化が重要である。今後、適切なサンプルサイズ(推定96名)を充足するランダム化比較試験で、更なるエビデンス構築が望まれます 。
使用経穴
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MAL(低投与量)群:
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BL23(腎兪, Shenshu)
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GB30(環跳, Huantiao)
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BL40(委中, Weizhong)
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GB34(陽陵泉, Yanglingquan)
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BL60(崑崙, Kunlun)
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GB39(懸鐘, Xuanzhong)
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MAH(高投与量)群:
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BL23(腎兪), BL25(大腸兪, Dachangshu), BL27(小腸兪, Xiaochangshu)
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GB30(環跳), BL37(陰門, Yinmen), BL54(秩辺, Zhibian), BL36(承扶, Chengfu)
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GB31(風市, Fengshi), BL40(委中), ST36(足三里, Zusanli), GB34(陽陵泉)
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SP9(陰陵泉, Yinlingquan), BL58(飛陽, Feiyang), SP6(三陰交, Sanyinjiao)
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GB39(懸鐘), BL60(崑崙), KI3(太谿, Taixi), BL62(申脈, Shenmai)
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