引用論文
論文紹介:Immediate effects of traditional and laser acupuncture in chronic non-specific neck pain: a randomized controlled clinical trial
「慢性非特異的頚部痛に対する伝統鍼治療とレーザー鍼治療の即時効果:ランダム化比較臨床試験」
背景と目的
頚部痛は全世界で有病率の高い公衆衛生問題であり、疼痛の持続化に伴って日常生活動作の制限や睡眠障害、心理的ストレス、労働生産性の低下が問題視されています。慢性非特異的頚部痛は、画像診断や神経学的検査で器質的病変を認めないにもかかわらず3か月以上痛みが持続する状態を指し、従来の薬物療法や理学療法だけでは十分な改善が得られない症例が少なくありません。本研究は、刺鍼による伝統鍼治療(Traditional Acupuncture; TA)と、低出力レーザーを用いるレーザー鍼治療(Laser Acupuncture; LA)の即時的効果を比較し、疼痛軽減メカニズムの違いや有用性を明らかにすることを目的としています 。
対象および研究デザイン
本試験は単盲検並行ランダム化比較臨床試験としてデザインされ、18~60歳の慢性非特異的頚部痛患者84名(男女比均等、痛み持続期間 ≥3か月)を無作為に3群(TA群、LA群、偽レーザー群:S-LA群)へ割り付けました。被験者は各群28名ずつで、評価者は介入方法を知らない単盲検方式を採用しています。割り付けにはコンピュータ生成の乱数表を用い、群間で性別・年齢・基礎疾患の分布に有意差がないことを確認した上で解析を行いました 。
介入プロトコール
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伝統鍼治療(TA群)
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使用鍼:径0.25 mmのステンレス製ディスポ鍼
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刺手技:左右両側の以下4穴に刺鍼し、得気(Deqi)を誘発
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刺入深度・保持時間:5–10 mm深度で刺鍼後30分間保持
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レーザー鍼治療(LA群)
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使用装置:波長808 nm、出力100 mW、各穴あたりエネルギー10 J(照射時間約100 s)
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照射手技:TA群と同じ4穴にレーザー光を垂直照射
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偽レーザー群(S-LA群)
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見た目・音響的にLA群と同一装置を使用しつつ、レーザー発射機能をオフにした偽介入
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被験者は視覚・聴覚情報のみで盲検性を保持
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刺鍼/照射対象経穴
以下4穴を各群共通で左右両側に施術:
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天柱 (BL-10, Tianzhu):後頭下筋群の緊張緩和と脳幹への血流改善を目的
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風池 (GB-20, Fengchi):三叉神経末梢領域の血行促進による鎮痛作用
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肩井 (GB-21, Jianjing):僧帽筋上部の筋緊張低減と自律神経バランス調整
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肩中兪 (SI-15, Jianzhongshu):頚肩部筋筋膜リリースによる可動域改善 。
評価項目と実施タイミング
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主要アウトカム
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安静時および頚部運動時の痛み強度(Numerical Rating Scale; NRS, 0–10点)
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副次アウトカム
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圧痛閾値(Pressure Pain Threshold; PPT)
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痛みの時間的総和(Temporal Summation; TS)
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条件付け痛み抑制(Conditioned Pain Modulation; CPM)
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患者全体評価(Global Perceived Effect; GPE, 5段階)
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評価タイミング
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介入直前
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介入直後(即時効果)
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介入1か月後(持続効果を把握) 。
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統計解析
群間の主要アウトカム変化量を重複測定分散分析(repeated measures ANOVA)で比較し、必要に応じてBonferroni補正を施した事後検定を実施。副次アウトカムも同様に時点×群の相互作用を検証し、欠測値には混合効果モデル(mixed-effects model)を適用して解析の信頼性を確保しました 。
主な結果
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即時的な痛み軽減効果
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TA群およびLA群は、介入直後の安静時・運動時のNRSスコアがS-LA群に比べて有意に低下(p = 0.001)。両群間の差は認められず、伝統鍼とレーザー鍼はいずれも同等の鎮痛効果を示しました。
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副次アウトカムの傾向
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PPT・TS・CPMはいずれもTA群・LA群で改善傾向を示したものの、S-LA群との差異が統計的有意域に達した項目は限定的でした。
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1か月後の持続効果
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安静時NRSおよびGPE評価では、TA群・LA群ともに1か月後もS-LA群を上回る改善を維持。ただし、群間差は即時効果と比較して若干縮小しました。 。
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考察
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メカニズムの共通点と相違点
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刺鍼による機械的刺激は、皮膚・筋組織内の機械受容器を介して脊髄後角でサブスタンスP抑制やエンドルフィン放出を促進し、下行性痛覚抑制経路を活性化するとされます。同様に、低出力レーザー光も神経終末のミトコンドリア活性化を介してATP産生を増加させ、炎症性サイトカイン抑制や神経伝導速度改善をもたらす報告があります。本研究では即時的な痛み軽減に両者の差を認めなかったことから、鎮痛メカニズムのエンドポイントが重複している可能性が示唆されます。
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臨床的意義
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伝統鍼治療は得気誘発や刺鍼操作が必要なため熟練度に依存しますが、レーザー鍼は異物挿入を避ける非侵襲的手法として、新規参入者でも再現性高く実施可能です。抗凝固薬服用者や皮膚感染リスク患者にも適用できる利点があります。
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研究の限界と今後の展望
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本試験は単回介入の即時効果評価に特化しており、複数回施術や長期介入における累積効果は未検証です。また、参加者の心理的期待によるプラセボ反応を完全には排除できない点も考慮が必要です。今後は多回介入デザインや多施設共同試験による再現性検証、さらには機構的評価(MRIによる血流測定など)の併用研究が求められます 。
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結論
伝統鍼治療およびレーザー鍼治療は、慢性非特異的頚部痛患者に対して即時的かつ有意な鎮痛効果を示し、1か月後も一定の改善を維持しました。両者の鎮痛効果に有意差はなく、臨床的には非侵襲的レーザー鍼が刺鍼を避けたい症例や施術者の熟練度に依存しない治療オプションとして有用であることが示唆されます。今後の多回施術・長期追跡研究によって、慢性頚部痛マネジメントにおける最適プロトコール確立が期待されます。