学習トップ理由で解く 柔道整復師一般臨床医学 ▸ §21 臨床実地問題 / QJ28P044

理由で解く 柔道整復師

QJ28P044 一般臨床医学

出典:第28回柔道整復師国家試験(2020)午後 問44
問題
65歳の男性。50歳時に高血圧を指摘されたが放置していた。他に特記すべき既往歴はなく、下肢静脈瘤もない。30分前に突然、前胸部および背部の冷汗を伴う激しい疼痛が出現し、その後も持続している。右橈骨動脈で強く脈拍を触れるが、左橈骨動脈では脈拍を触知しない。可能性が高いのはどれか。
選択肢
1 自然気胸
2 急性心筋梗塞
3 肺血栓塞栓症
4 急性大動脈解離
解答
正解4(急性大動脈解離)
解説

突然始まり持続する前胸部〜背部の激痛に、左右の橈骨動脈で脈拍に差があるという所見が加わっている。裂けた大動脈壁が左鎖骨下動脈の血流を妨げていることが示唆される組み合わせで、急性大動脈解離の可能性が最も高い。

大動脈解離は、内膜に生じた亀裂から血液が中膜の層内へ流れ込み、血管壁が長軸方向に裂けていく病態である。裂ける動きそのものが痛みの正体なので、痛みは「発症の瞬間が最も強い」形をとり、解離が下行大動脈へ進むにつれて前胸部から背部・腰部へと移動する。この点が、数分かけて痛みが増強していく心筋梗塞と対照的である。最大の危険因子は高血圧で、本例は50歳で指摘されてから15年間放置しており、中膜が長期間の血行力学的ストレスを受けていたと考えられる。ただし高血圧は心筋梗塞の主要な危険因子でもあるため、高血圧があること自体は両者を分ける材料にはならない。両者を分けるのは、痛みの立ち上がり方(発症時が最強か、数分かけて漸増するか)と、脈拍の左右差の有無である。さらに、裂け目が大動脈の分枝の起始部に及ぶとその枝の血流が減り、支配領域に虚血が起こる。脈拍・血圧の左右差がどちら側に出るかは、弓部三分枝(腕頭動脈・左総頸動脈・左鎖骨下動脈)のうちどれが巻き込まれたかで決まる。腕頭動脈が巻き込まれれば右上肢、左鎖骨下動脈なら左上肢の脈が弱くなる。本例は左橈骨動脈が触知できないので、左鎖骨下動脈の血流障害が示唆される。なお本例の記載からは解離の型(Stanford分類のA型かB型か)まで決めることはできず、型の推定と左右差の向きは切り離して考える。冷汗は激痛と交感神経緊張を反映する所見である。

✓ 4. 正しい
急性大動脈解離
決め手になるのは、(1)突然発症して発症時が最強の、前胸部から背部に及ぶ激痛と、(2)橈骨動脈拍動の左右差である。とりわけ上肢の脈拍左右差は他の3疾患では説明がつかない。(3)長年放置された高血圧は解離の最大の危険因子だが、心筋梗塞の危険因子でもあるので、これは「解離を疑ってよい背景」を与えるだけで、それ単独では鑑別の根拠にならない。また、脈拍左右差は特異度は高いものの解離の全例に現れる所見ではなく、左右差を認めないことは解離を否定する根拠にはならない点にも注意する。柔道整復の現場で本例のような訴えに遭遇したら、徒手検査や施術は行わず、安静臥位を保たせて直ちに救急要請するのが取るべき行動である。
✗ 1. 誤り
自然気胸
胸腔内に漏れた空気で肺が虚脱する病態で、やせ型の若年男性やCOPD患者に多い。突然発症の胸痛という点だけは共通するが(本例に呼吸困難や患側呼吸音減弱の記載はない)、痛みは患側胸部が中心で、背部に及ぶ引き裂かれるような激痛にはなりにくい。また、上肢の血流には影響しないため橈骨動脈拍動の左右差は生じない。65歳で高血圧という背景も気胸を示唆しない。
✗ 2. 誤り
急性心筋梗塞
30分以上続く前胸部痛と冷汗という点は本例と重なり、実際に最も紛らわしい鑑別疾患である。高血圧という背景も心筋梗塞と矛盾しない(むしろ共通の危険因子である)ため、ここでは鑑別に使えない。しかし心筋梗塞の痛みは締めつけられる・押さえつけられる性質で数分かけて増強することが多く、放散するのは左肩・頸部・下顎であって、上肢の脈拍が片側だけ触れなくなることはない。なお、解離が右冠動脈の起始部に及べば心筋梗塞を合併しうるため、両者は排他的な関係ではなく、いずれにせよ緊急搬送の対象になる。
✗ 3. 誤り
肺血栓塞栓症
下肢深部静脈にできた血栓が肺動脈を閉塞する病態で、長期臥床・術後・長時間の座位・下肢静脈瘤などが背景になる。本例は「他に特記すべき既往歴はなく、下肢静脈瘤もない」と明記されており、この背景を欠く。主症状は突然の呼吸困難・頻呼吸・失神で、痛みは吸気で増す胸膜性の痛みが中心である。本例は気胸と同様に呼吸器症状が前面に出ておらず、この点も両者を遠ざける。血流障害は肺循環に起こるので、上肢の脈拍左右差も説明できない。
ポイント
  • 「突然発症・発症時が最強・前胸部から背部へ移動する痛み」の3拍子は大動脈解離をまず疑うサイン。心筋梗塞の痛みは漸増性である点で区別する。
  • 上肢の脈拍触知の左右差(血圧なら左右差20mmHg以上)は、解離が分枝の入口をふさいだことを示唆する。左右差がどちら側に出るかは巻き込まれた枝で決まり、腕頭動脈なら右上肢、左鎖骨下動脈なら左上肢が弱くなる。本例の左橈骨動脈拍動消失は左鎖骨下動脈の巻き込みを示唆する。
  • 脈拍左右差は特異度は高いが感度は低く、解離の全例に出るわけではない。左右差がなくても大動脈解離は否定できず、突然発症の激しい胸背部痛はそれだけで救急要請の対象になる。
  • 高血圧は大動脈解離の最大の危険因子であると同時に心筋梗塞の主要危険因子でもあり、それ単独では両者の鑑別にならない。ほかの危険因子としてMarfan症候群などの結合組織疾患、大動脈二尖弁、妊娠、動脈硬化がある。
  • 合併症は裂ける方向で決まる。心嚢内へ破れれば心タンポナーデ、冠動脈なら心筋梗塞、頸動脈なら脳虚血、肋間動脈・脊髄枝なら対麻痺を起こす。
  • 柔整の対応として、胸背部痛でこの所見を見たら施術を中止して安静を保ち、直ちに救急要請する。頸部・胸部への手技や体位変換の負荷は加えない。
比較表
疾患痛みの起こり方・部位主な随伴症状脈拍の左右差典型的な背景
急性大動脈解離突然、発症時が最強。前胸部から背部・腰部へ移動する引き裂かれる痛み冷汗、ショック、分枝閉塞による臓器虚血ありうる(本例では決め手。ただし全例に出るわけではない)高血圧、Marfan症候群、大動脈二尖弁
急性心筋梗塞数分かけて増強。前胸部の絞扼感が30分以上持続冷汗、悪心、左肩・頸部・下顎への放散なし動脈硬化の危険因子(高血圧、脂質異常、糖尿病、喫煙)
肺血栓塞栓症突然。吸気で増す胸膜性の痛み呼吸困難、頻呼吸、失神、低酸素血症なし長期臥床、術後、下肢深部静脈血栓
自然気胸突然。患側胸部の痛み呼吸困難、患側呼吸音減弱なしやせ型の若年男性、COPD
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