学習トップ理由で解く 柔道整復師外科学概論 ▸ §20 臨床実地問題 / QJ26P054

理由で解く 柔道整復師

QJ26P054 外科学概論

出典:第26回柔道整復師国家試験(2018)午後 問54
問題
65歳の男性。自転車走行中に転倒し、ガードレールで左前胸部を強打した。呼吸困難となり救急搬送された。来院時血圧98/64mmHg、脈拍100/分、呼吸回数20/分。体表面に明らかな外傷はみられない。来院時の胸部エックス線写真(別冊 No. 1)を別に示す。考えられる診断はどれか。
図
選択肢
1 無気肺
2 気胸
3 心臓破裂
4 大動脈破裂
解答
正解2(気胸)
解説

左前胸部を強く打ったあとに呼吸困難が出現し、胸部エックス線写真で診断がつく病態を選ぶ問題です。受傷機転・症状・画像の三つを矛盾なく説明できるのは外傷性気胸で、正答は2です。

胸腔はもともとわずかな陰圧に保たれ、その陰圧が肺を外へ引き広げています。ガードレールに前胸部を打ちつけるような鈍的外傷では、折れた肋骨の骨片が臓側胸膜と肺を破ったり、声門が閉じたまま胸郭が急に圧迫されて肺胞が破裂したりして、胸腔内へ空気が漏れます。陰圧が失われれば肺は自らの弾性で縮んで虚脱し、換気に使える肺の容積が減るため呼吸困難が生じます。別冊No.1の胸部エックス線写真でも左肺野は右に比べて黒く抜けており(透過性の亢進)、打撲した左側の胸腔に空気がたまっている状況と矛盾しません。気胸は経過中に緊張性気胸へ移行しうる病態です。医療機関では酸素投与と静脈路確保のうえ、胸腔ドレナージが治療の中心となります。施術者は、本人が楽に呼吸できる半坐位で安静を保ち、ただちに救急要請したうえで、血圧低下・頸静脈怒張・気管の健側偏位といった緊張性気胸を示す変化が出ないか観察しながら医療機関へ引き継ぎます。

✓ 2. 正しい
気胸
別冊No.1の胸部エックス線写真では、左肺野が右に比べて黒く抜けている(透過性の亢進)。診断の決め手は、受傷機転(左前胸部への鈍的外力)、受傷直後からの急性の呼吸困難、そしてこの患側肺野の透過性亢進、この三つがそろうことです。バイタルサインは血圧98/64mmHg・脈拍100/分・呼吸20/分。収縮期血圧はショックの目安とされる90mmHgは下回っていないものの、65歳の受傷後としては低めで、脈圧も34mmHgと狭く、脈拍は100/分です。血圧が保たれているようにみえる段階でも気胸は起こり、またショックの代償期には血圧が下がらないこともあります。ショックは本来「組織への血流(灌流)が足りない状態」を指すもので、収縮期90mmHgという数値だけで線を引けるものではありません。数値が正常域に近いことを理由に気胸も循環の異常も否定せず、経時的に再評価することが大切です。外傷性気胸は鈍的胸部外傷でみられる代表的な胸腔内損傷で、患側の呼吸音減弱、打診での鼓音、皮下気腫が身体所見の手がかりになります。施術所や現場でこれらを疑ったら、本人が楽に呼吸できる半坐位で安静を保ち、ただちに救急要請して医療機関へつなぎます。
✗ 1. 誤り
無気肺
別冊No.1の写真とは像の向きが逆になります。無気肺は気管支の閉塞や換気不足によって肺胞から空気が失われ、肺葉や肺区域がしぼんだ状態です。エックス線では患側の透過性が低下して白く写り、容積が減った分だけ縦隔や横隔膜が患側へ引き寄せられます。別冊No.1の写真は患側である左肺野が黒く抜けており、無気肺で期待される所見とはちょうど逆です。原因も分泌物の貯留、長期臥床、術後、腫瘍による気管支閉塞などで時間をかけて成立するものが典型で、打撲直後に急な呼吸困難を来す病態としては合いません(胸部外傷後でも、痛みで痰を出せず数日経ってから無気肺が加わることはあります)。
✗ 3. 誤り
心臓破裂
別冊No.1の胸部エックス線写真では心破裂の診断はつきません。本問は「胸部エックス線写真で診断がつく」流れですが、心破裂は胸部エックス線写真だけでは判断できず(心陰影の拡大は非特異的で、急性期には心膜が伸びきらないため拡大しないことも多い)、心エコーで心嚢液を確認するのが診断の中心です。この一点で本問の設定と合いません。病態としては、鈍的外力で心室が破れると血液が心膜腔にたまり、心タンポナーデによる閉塞性ショックが急速に進行します。典型像は著明な血圧低下・頸静脈怒張・心音減弱(Beckの三徴)で、多くは現場で致命的となります。本症例のバイタルサイン(血圧98/64mmHg・脈拍100/分)はこの急速な経過にはそぐわない補助的な材料ですが、血圧の数値だけで心破裂を否定できるわけではありません。判断の主軸はあくまで「エックス線で診断がつくかどうか」に置きます。
✗ 4. 誤り
大動脈破裂
別冊No.1の写真の所見とも受傷機転とも合いません。外傷性大動脈損傷は高所からの墜落や高速車両事故のような強い急減速で生じ、左鎖骨下動脈分岐直後の大動脈峡部に好発します。自転車で転倒してガードレールに胸をぶつけた程度の受傷エネルギーでは考えにくく、完全破裂であれば現場で失血により致命的です。エックス線で疑う所見は上縦隔の拡大、大動脈弓陰影の不鮮明化、気管の右方偏位、左血胸(この場合は左肺野が白くなる)などで、患側が黒く抜ける別冊No.1の写真とは方向性が異なります。確定診断には造影CTが必要です。
ポイント
  • 気胸の本質は「胸腔の陰圧が肺を広げている → そこへ空気が入る → 陰圧が失われて肺が虚脱する」。虚脱した分だけ換気できる肺が減り、呼吸困難となる。
  • 鈍的胸部外傷では体表に創がなくても肋骨骨折や肺・胸膜の損傷が起こる。「外見が軽い=軽症」とは読み替えない。
  • エックス線はまず白か黒かで二分する。気胸は患側が黒く抜けて肺紋理が消える。無気肺・血胸は患側が白くなる。縦隔偏位は、無気肺なら患側へ引かれ、気胸では通常みられず、緊張性になって初めて健側へ押される。
  • 気胸を疑う身体所見は患側の呼吸音減弱・打診での鼓音・皮下気腫。これに血圧低下、頸静脈怒張、気管の健側偏位が加われば緊張性気胸で、医療機関では画像を待たずに脱気(緊急脱気に続いて胸腔ドレナージ)が行われる。施術者が行うのは脱気そのものではなく、これらの徴候に気づいてただちに救急要請し、半坐位で安静を保って医療機関へ引き継ぐことである。
  • ショックは「組織への血流(灌流)が足りない状態」であって、収縮期血圧の数値だけで線引きできない。代償期には血圧が保たれるため、脈拍100/分・呼吸20/分・血圧98/64mmHg(脈圧が狭い)のように数値が正常域に近くても、気胸も循環の異常も否定しない。受傷機転+急性の呼吸困難+画像で組み立て、経過を追う。胸部打撲後に呼吸困難を訴える人に出会ったら、半坐位で安静を保ち、ただちに救急要請して医師の診察につなぐ。
比較表
病態典型的な受傷機転・原因主な身体所見胸部エックス線の傾向確認の手段
気胸(本症例)肋骨骨折を伴う胸部打撲、声門閉鎖下の胸郭圧迫患側の呼吸音減弱、打診で鼓音、皮下気腫患側が黒く抜け肺紋理が消える。縦隔偏位は通常なく、緊張性になると健側へ偏位胸部エックス線、胸部CT、超音波
無気肺気管支の閉塞、分泌物貯留、長期臥床・術後患側の呼吸音減弱、打診で濁音患側の透過性低下(白い)、縦隔・横隔膜が患側へ牽引胸部エックス線、気管支鏡
心臓破裂前胸部への強い圧迫、急減速著明な血圧低下、頸静脈怒張、心音減弱(Beckの三徴)心陰影拡大は非特異的で、急性期には拡大しないことも多く、エックス線だけでは診断できない心エコー(心嚢液の確認)
大動脈破裂高所墜落・高速車両事故など強い急減速ショック、背部痛、上下肢や左右の血圧差上縦隔拡大、大動脈弓陰影の不鮮明化、気管の右方偏位、左血胸造影CT
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