学習トップ理由で解く 柔道整復師一般臨床医学 ▸ §21 臨床実地問題 / QJ32P044

理由で解く 柔道整復師

QJ32P044 一般臨床医学

出典:第32回柔道整復師国家試験(2024)午後 問44
問題
76歳の女性。大腿骨頸部骨折の手術後、離床を開始した直後に突然の胸痛と呼吸困難を訴えた。経皮的酸素飽和度は 88%と低下し、頻脈、頻呼吸がみられた。最も考えられるのはどれか。
選択肢
1 気管支喘息
2 心房細動
3 肺炎
4 肺血栓塞栓症
解答
正解4(肺血栓塞栓症)
解説

大腿骨頸部骨折の術後、離床という「動き出した瞬間」に、突然の胸痛・呼吸困難・SpO₂低下・頻脈・頻呼吸がそろっている。臥床中に下肢の深部静脈にできた血栓が飛んで肺動脈を詰めた、急性肺血栓塞栓症をまず考える場面である。

高齢・下肢の手術・術後の臥床という条件は、血栓ができる三条件(Virchowの三徴=血流のうっ滞、血管内皮の傷害、血液凝固能の亢進)をそのまま満たしてしまう。臥床中に下腿や骨盤の深部静脈にできた血栓は、離床によって下肢の筋ポンプが再び働いた瞬間に壁からはがれ、下大静脈から右心を経て肺動脈へ流れ込み、そこで詰まる。
低酸素血症が起こる仕組みは、「詰まった先でガス交換ができないから」という単純な話ではない。主な機序は、①閉塞を免れた領域へ血流が偏ることで生じる換気血流比(V/Q)の不均等(低V/Q領域の出現)、②サーファクタントの減少や無気肺、卵円孔開存などによる右左シャント、③心拍出量の低下に伴う混合静脈血酸素飽和度の低下、の三つである。一方、閉塞した先の肺胞は「換気はあるのに血流がない」死腔となるが、死腔の増加それ自体は低酸素血症の原因ではなく、CO₂の排出効率を落とす変化として現れる(呼気終末CO₂〈EtCO₂〉の低下、PaCO₂−EtCO₂較差の開大)。実際の急性期はむしろ過換気となるため、PaCO₂は低下することが多い。低酸素と過換気の刺激から頻呼吸となり、肺血管抵抗の上昇による右心負荷と心拍出量の低下から頻脈が生じる。梗塞が胸膜近くに及べば、呼吸に伴って強くなる胸痛が加わる。なおここでの低酸素はV/Q不均等が主体であるため酸素投与によく反応する。酸素投与は本症の初期対応の柱であり、ためらう理由はない。
ポイントは発症のタイミングである。術後の初回離床、長時間の座位のあとの起立、トイレでの排泄後など、「安静から動作へ移った直後」に突然発症するのがこの疾患の顔つきで、数日かけてじわじわ悪くなる病態とは時間経過がまったく違う。疑った時点で歩行・運動をただちに中止して安静を保ち、酸素投与ができる体制と救急搬送を手配する。予防は、術後早期離床、足関節の底背屈運動(足関節ポンプ運動)、弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法、必要に応じた抗凝固療法である。柔道整復の現場でも、下肢の固定や長期安静のあとに運動を再開させる場面は同じ危険をはらむので、再開初日は特に呼吸状態と胸部症状に注意を向けたい。

✓ 4. 正しい
肺血栓塞栓症
高齢・大腿骨頸部骨折の術後・臥床という強い危険因子がそろい、しかも「離床開始直後」という血栓が飛びやすい瞬間に、突然の胸痛と呼吸困難、SpO₂ 88%の低酸素、頻脈、頻呼吸が出現している。これらは肺動脈の閉塞によって換気血流比の不均等とシャントが生じて低酸素血症となり、その代償として呼吸数・心拍数が上がった状態として一続きに説明できる。設問のすべての所見を最も無理なく説明できるのがこの疾患である。
✗ 1. 誤り
気管支喘息
喘息発作も発作性の呼吸困難を起こすが、主役は気道の狭窄で、呼気性の喘鳴(ヒューヒュー)と呼気延長を伴い、夜間・早朝や特定の誘因で反復するという経過をとる。胸痛が前面に出ることは少なく、離床という動作がきっかけになるという結びつきもない。既往の記載もないため、この状況で第一に挙げる疾患ではない。
✗ 2. 誤り
心房細動
心房細動では動悸や絶対性不整脈、頻脈がみられるが、不整脈そのものだけでSpO₂が88%まで落ちることは通常ない。低酸素・頻呼吸・胸痛という組み合わせを説明する力が弱い。なお心房細動は左心房内に血栓をつくり、それが脳や四肢へ飛ぶ「動脈系」の塞栓源として重要であり、下肢静脈から肺へ飛ぶ本症例の経路とは別ものである点も整理しておきたい。
✗ 3. 誤り
肺炎
術後臥床中の高齢者は誤嚥性肺炎や沈下性肺炎を起こしやすく、鑑別に挙げること自体は妥当である。しかし肺炎は発熱・咳・膿性痰を伴いながら数日かけて進行するのが普通で、「離床直後に突然」という分単位の発症様式には合わない。時間経過が合うかどうかで振り分けるとよい。
ポイント
  • 術後・長期臥床の患者が離床した直後の、突然の呼吸困難+胸痛+SpO₂低下+頻脈・頻呼吸は、肺血栓塞栓症をまず疑う組み合わせ。
  • 成り立ちはVirchowの三徴(血流のうっ滞・血管内皮の傷害・血液凝固能の亢進)。高齢、下肢や骨盤の手術、骨折、臥床、脱水、悪性腫瘍などが危険因子。
  • 塞栓源は下肢・骨盤の深部静脈血栓(DVT)。下腿の腫脹・熱感・把握痛、左右の周径差などの前ぶれを見逃さない。なおHomans徴候は感度・特異度とも低く、陰性でもDVTは否定できない。疑ったら徴候を取りにいくより、施術を中止して医療機関につなぐ。
  • 低酸素の主因は換気血流比(V/Q)の不均等とシャント。死腔の増加は低酸素の原因ではなく、呼気終末CO₂(EtCO₂)の低下として現れる。低酸素は酸素投与によく反応するので、酸素投与をためらわない。
  • 疑ったら運動・歩行をただちに中止して安静を保ち、酸素と救急搬送につなぐ。予防は早期離床、足関節の底背屈運動、弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法。
比較表
疾患発症の速さ特徴的な所見典型的な状況
肺血栓塞栓症突然(分単位)胸痛・呼吸困難・低酸素・頻脈・頻呼吸、下肢の腫脹術後や長期臥床からの離床直後、排泄後
気管支喘息比較的急だが反復性呼気性喘鳴・呼気延長、既往とアレルゲン夜間・早朝、感染や刺激物の曝露後
心房細動突然のことが多い動悸・絶対性不整脈、脈拍欠損。単独では低酸素になりにくい加齢、心疾患、甲状腺機能亢進症など
肺炎数日かけて進行発熱・咳・膿性痰、局所の副雑音術後臥床中の誤嚥・沈下性、免疫低下
(参考)気胸突然片側の呼吸音減弱、患側の胸痛やせ型の若年男性、外傷、胸部手技後
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